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第155話

健吾さんが笑顔のままボクを後ろから羽交い締めにし、シンクの上にも散らばった粉を掴みボクの顔全体に擦り付けようとするからだ。 「ふふふっ……やめてよぉ、健吾さ……うわわっ」 「ダ~メ、チィも俺とおんなじになるんだ~!」 「え~、ヤダよぉ……あははっ」 なんだかんだ言いながらも、いつの間にかボクも楽しくなっていた。今まさに真っ白なお粉を擦り付けられようとしているのに、笑いはもう止まらない。 それに健吾さんも手加減してくれているのか、非力なボクの力でも彼の腕は簡単に押し退けられて際どいところで止められている。 だから遊んでくれているのだと思った。 ボクに寂しい思いをさせないように……。 のけ者扱いのような形になってしまったけど、決して彼らの本意ではないと教えてくれてるのだろう。 どちらかといえば仕方なくといった感じだった。あくまでもボクはチームの一員ではなく部外者だから……。 それを彼らも心苦しく思ってくれている。ならそれだけで充分だった。健吾さんには感謝しかない。こんなにボクを楽しませてくれて、本当にいい人だなと思った。 「ふふっ………ありがと、健吾さん」 こっそり小声で呟く。 けれどボクにお粉を被せるのに夢中の健吾さんは、その声に気づいていないようだった。でもそれでいい。もう気を遣われるのはイヤだから……。 「………あれ……?」 ふとボクは動きを止める。何やら視界の端っこに黒い物体が素早く動くのが見えたからだ。 見間違いかともう一度目を凝らしてよく見てみると、やはり黒光りしたものが調理器具を置いてある棚の上で見え隠れしている。 ボクは瞬時に昨日の夜、和之さんが"アレ”を見つけたら何があっても何をしてても、直ぐに自分を呼ぶよう言われていたのを思い出した。 幾らキッチンを清潔に保っていても元は倉庫として使われていた建物だけに、駆除しても害虫などがどうしても入ってきてしまうらしい。 そして和之さん曰く"アレ”は繁殖能力がスゴく高い生き物らしく、1匹見つければ陰には既に何百匹といるとも言っていた。 すぐさま健吾さんにもこの事を知らせようと後ろを振り返ったら、ものの見事に彼の右手がボクの頬に当たって真っ白になってしまう。 「あっ、ごめんチィ! 大丈夫か!?」 不意に振り向いた所為で驚いた健吾さんは、慌ててボクの頬についたお粉を払い除けようとする。

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