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第170話
はじめは刷り込みだと思ってた。卵から孵った雛が目の前の動くものを親だと認識するように、彼に助けられ"コウちゃん”にも似ている事から勘違いしたのだと……。
でもこの気持ちは違う、勘違いなんかじゃない。あれは単なる応急処置で何の意味もない事なんだと自分に言い聞かせてみても、溢れ出してしまった想いはもう止められなかった。
ボクが変に意識したらきっと煌騎も困る。それなのに胸の高鳴りは鎮まることはなく、寧ろ彼がボクに気遣えば気遣うほどに高鳴った。
「今日1日で色んな事が身の回りに起きたからな。帰ったら直ぐに休ませてやるから、もう少しだけ我慢してくれ」
「……う?……うっ…うん……」
そう言うと煌騎はボクの肩を抱くと自分の胸元にそっと引き寄せた。優しく労るように……。
それに合わせてボクの胸はぎゅううぅっと鷲掴みされたように苦しくなる。嬉しいのに何故だか無性に泣きたくなった。俯きながら指先が意識せず自分の唇の上をそっとなぞる。
―――ここに煌騎の唇が何度も触れたんだ……
「……………イヤ、だったか?」
不意に彼の声が頭上から降ってきて驚いた。一瞬だけど心を読まれたのかと思ったのだ。予測していなかった言葉だけにボクは反応が遅れて、ゆっくり顔を見上げて彼の顔色を窺う。
すると煌騎は神妙な顔付きでこちらを静かに見下ろしていた。まるでその事を悔いてでもいるかのような面持ちに、ボクは少なからずショックを受け息を呑む。
「―――なっ…にが……?」
「………お前、車に乗り込んだ時からずっと自分の唇に触れてる。気づかなかったか?」
「――――ッ!?」
肩がビクンと震えた。この場を誤魔化したいのに、彼の強い眼差しがそれを許してくれない。ボクは意を決してまた口を開く。
「………どして……そ…思うの?」
「さぁな、チィがさっきから無言だったから……」
本当は聞きたくなかったけど、でも聞かずにはいられなかった。彼が本当は先ほどの行為をどう思っているのか……。
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