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第172話

そう思って言った言葉に、彼の表情は曇った。まるで望んだ答えが返ってこなかったかのような、苦虫を噛み潰したような顔になる。 「なぁ……チィの望むものって何だ。お前は俺に何を望む?」 「う?……あの…えと……煌騎……?」 熱を帯びた眼差しで見つめられ、問い詰めるようにじりじりと躙り寄られてボクは少し戸惑った。いつもの優しい彼じゃない気がしてちょっと怖い。 だけど怯えるボクを無視して尚も彼は躙り寄り、遂には座席の隅に追いやられてしまう。 後ろにはもう逃げ場がない。どうしようと思う間もなく煌騎はボクの上に覆い被さってきた。 「イヤじゃないというなら……どうしてお前はココに触れていた?」 彼は左手でボクの顎をくいっと持ち上げ自分の方へ向けさせると、もう片方の指先で唇の輪郭を艶かしくなぞる。 触れるギリギリまで顔を近づけ、ボクの心の奥に隠してしまった何かを暴こうとするように覗き込んできた。 「なぁ望めよ、チィ……。お前はもう一度俺とのキスを望んでいるんじゃないのか?」 「ち、違うよ!? 望んでなんか……ない…もんっ」 そんなこと望んだら贅沢だ、バチが当たる。 無表情で迫ってくる煌騎は何を考えているのか分からなくて怖かったけど、ボクは必死になってプルプルと首を横に振った。 自分の気持ちがバレてしまわないように……。 けれどそれを嘲笑うように彼はクスリと笑う。 「……本当に? 俺とはもう唇を重ね合わせたくはないというのか?」 「―――ッ!?」 そうじゃないっ、言葉足らずで煌騎に勘違いさせてしまった。それを訂正したいのに後数センチで触れてしまうような位置まで近づかれ、ボクは思わず瞼を閉じてしまう。 目の前に妖艶な笑みを浮かべた煌騎の顔が迫っていて、とても耐えきれそうになかったからだ。決して"それ”を望んだからじゃない。 だけど煌騎は無情にもボクの唇に自分のそれを軽く押し付けた。何度も何度も、角度を変えて……。 車内には湿ったリップ音が甘く響く。

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