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第173話

おそらく運転席に座る山河さんも事の異変には気づいていると思う。なのに決して助けてはくれない。 彼は以前、仕事中は空気になるよう心掛けていると話していた。それだけ煌騎は絶対的な存在なのだ。 でも、こんなの―――… 「やっ……煌騎…止めっ……ンん、お願……んぁっ」 止めてと懇願するけどキスは更に深くなり、開いた唇から煌騎の熱い舌が口の中に入り込んでくる。 逃げ惑うボクの舌を彼の舌が根本から絡めとり、表面や裏側をチロチロと執拗に擽った。 荒々しいのだけど何処か熱情の篭ったそれに、どうして彼が突然こんなことをするのかわからなくなる。既に2度の発作で体力の限界にきていたボクは、酸欠も加わり徐々に意識が遠退きそうになった。 だけどその時、ふと煌騎が唇を離し顔を上げて自分の背後を振り返る。――と同時に彼の背後にあるドアが勢いよく開き、誰かが上半身だけ乗り込んできた。 「―――そこまでだ煌騎ッ、ちょっとお()()が過ぎるぞ!」 突然の乱入者は彼の胸ぐらを掴むとボクから引き剥がし、そのまま有無を言わさず車外に引き摺り出す。そしてバタンッと後ろ手にそのドアを閉めた。 涙で霞んだ瞳ではよく顔が見えなかったけどその声はよく知っている人物のもので、慌てて目線で彼らを追うと外は既に停止しておりいつの間にか目的地である倉庫に着いていた事を知る。 間を置かずに直ぐさま連れ出された煌騎を追って、山河さんも外へと飛び出していった。おそらく二人の間に入る為だろう。 その一連の出来事をボクは薄れゆく意識の中、ただ静かに傍観していた。外では煌騎が凄い剣幕で怒られているのが微かに聞こえる。 でも何を言われているのかまでは聞こえない。 (ボクのせいで煌騎が怒られてる、助けなくちゃっ) そう思うのに身体は言うことを聞いてくれなかった。ボクが意識を手放す瞬間、"あの人”が煌騎の左頬を殴る姿が視界の隅に映った。 けど、もう……どうすることもできない。 後は暗闇が瞼の裏に延々と広がるだけだった―――…。

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