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第200話

呆然と事の成り行きを見守るボクたちを余所に、目の前で喧嘩を始めてしまった二人。 しかし主従関係がしっかりした彼らは主が手を出しても、従者が手を出す事は決してない。 拳で肩を殴られたり足の脛や際どい所を狙って蹴られたりしても、吉良さんは防御の一方で反撃は加えなかった。 「………どうでもいいが、茶番は()()でしてくれないか」 その時、屋上に上がる階段の上部から煌騎の姿が見えた。ゆっくりと長い脚で階段を踏み締め、階下に降り立つとボクと虎子ちゃんの前に立つ。 そして後ろを振り返ると小さな声で「無事か?」と尋ね、ボクがコクコクと頷けば僅かに口端を上げて亜也斗と吉良さんに向き直り、二人を鋭い眼差しで睨み付けた。 「………吉良、俺は何度も見過ごす事はできないと言っておいたハズだが?」 地を這うような煌騎の低い声音に、問われた者以外も知らず動きを止めて息を呑む。彼が全身に纏っているのは、まさに殺意と呼べるに等しいほどの静かなる怒りだった。 そういえばボクが亜也斗に初めて遭遇した日も、彼の腕をへし折るんじゃないかと思うくらいに捻り上げていたのを思い出す。 このままでは本当に煌騎が殺人を犯してしまうと思ったボクは、慌てて虎子ちゃんの背後から抜け出すと彼の背中にボフンとしがみ付いた。 「………………チィ」 「煌騎……顔…怖い、怒っちゃ…やなの……」 突然の行動に少なからず戸惑いながら振り返る彼に、ボクは顔を見上げながらそっと呟くように小さな声で縋る。 自分に対して怒っているのではないとわかっていても、負の感情が直に伝わってきてどうしても怯えてしまうのだ。 切実に訴えると煌騎は諦めたかのように深い溜め息を吐いて肩を竦めた。 「………………ハァッ、分かった。お前ら、俺の気が変わらない内にとっとと去れ」 「―――ッ!? 白銀すまない! 茨さんもありがとっ」 心底ホッと息を吐く吉良さんに、けれど煌騎は釘を刺すように冷たく次はもうないと言い放つ。それでも彼は勢いよく頷くと、嫌がる亜也斗を引き摺ってその場を立ち去った。 まるでコントのようだと虎子ちゃんは呆れ、煌騎はもう彼らに興味がないのかそれに背を向ける。 「本当アイツら一体何がしたいのかしら……」 「どうでもいい。それよりチィ、お前には少しお仕置きが必要みたいだな」 そう言って彼がこれ以上ないくらいの優しい笑みを浮かべてボクを見た。

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