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第210話

血に濡れた震える手が足首を掴み、懸命にボクが行くのを阻止しようとしてくれた。 涙が次から次へと溢れ出て止まらない……。 「ダメだよ、朔夜さん……離して? ボク、もぅ行かなくちゃ……ね?」 思わず縋ってしまいそうになるのを懸命に思い留め、頭をフルフルと振って彼を拒む。 けれど朔夜さんはボロボロに傷付きながらも、そんな力がどこにあるのかと思えるほど強くその掴んだ脚を離さない。 「行かせないっ、絶対……にっ――ガハァッ!?」 「いやあああぁっ! ヤメてっ、ヤメてよ亜也斗ぉッ」 朔夜さんの腹部を狙って亜也斗が透かさず蹴りを入れる。咄嗟にボクはしゃがみ込んで彼の身体に覆い被さり、これ以上の暴行を阻んだ。 しかしその行為が逆に彼の逆鱗に触れ、ボクもろとも朔夜さんは蹴りの応酬に合う。 「クズどもがっ、俺に逆らおうなんてっ、百万年早いんだよッ! お前らは一生そうやって床に這いずり回ってればいいんだっつーのッ!!」 蔑みながら蹴りあげる威力は凄まじかった。ボクは許して貰おうと何度も「ごめんなさいごめんなさい」と必死に謝罪を繰り返す。 それでも亜也斗は許してくれなかった。朔夜さんが最後の力を振り絞って、ボクを庇ってくれようとしたから……。 「その辺でヤメとけ、亜也斗……」 その時、背後から声が聞こえた。突然の事に目線だけをそちらに向ければ、そこには見た事のある青い髪色をした男の人が立っていた。 でも見たくないものから目を背けるように、眉間に皺を寄せながら顔は横に向いている。 亜也斗は彼の顔を見るなりスッと表情を消した。 「なんだよ、今頃になってノコノコ顔出したと思えば俺に説教でもする気か、吉良?」 「違うっ、目的のモノは手に入ったんだ! 白銀や不破が戻って来る前にここをズラかろうって言ってるんだよ!!」 吉良さんはハッと顔を上げて取り繕うようにそう言うと、ボクたちの方にチラリと目を向ける。 しかし直ぐに視線を外されて、周りの男の人たちに撤退の指示を出し始めた。 前から計画していた事なのだろう的確な“それ”に、和之さんが彼を信用してはいけないと言った言葉を今更ながらに思い出す。 こういう事だったのか……。 「……ちぇっ。何の気紛れか今回の襲撃は随分ノリ気で段取りから色々と率先してやってたクセに、お前どっか冷めてんだよなぁ……」 「そんな事いまはどうだっていいだろ! 面倒事が起こる前にさっさとズラかるぞ亜也斗ッ!!」 学校で見るよりも荒れた感じに映る彼に、少し違和感を感じたけど今は気づかないフリをする。 朔夜さんとはこれで今生の別れになるのだ。彼の手を取るとぎゅっと握って、そのままボクは自分の額に押し付けた。 「短い間だったけどボク、ここに居られてとても幸せだったです。みんなにお別れの挨拶できないのは残念だけど、朔夜さん……元気でね?」 最後にニッコリ笑うと「さようなら」と言い残し、まだ何か言いたげな彼を無視してヨタヨタと立ち上がる。 杖を持ってくるのを忘れたけど、もうボクには必要ないだろう。カゴの中に戻るだけなのだから……。 そうして亜也斗に促されるまま、ボクは彼の後をついていったのだった―――…。

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