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第213話〜己の失態〜(煌騎side)
「いい加減にしろ、クソ親父……」
親父に呼ばれて此方へとやって来たが、彼此4時間以上もこの屋敷に留め置かれていた。
しかも急な用とやらは方便だったらしく、何の気まぐれか延々と酒の席に俺は付き合わされている。
普段なら酔うほどに呑みはしないのだが、今日の親父は饒舌なまでによくしゃべりよく呑んだ。まるで何かを誤魔化すかのように……。
その横で愛音は愛想良く鎮座し、親父に酌をしながらも含み笑いを絶やさず、こちらをニヤニヤと眺めていた。
―――本当に気味が悪い、何かを企んでいるのだとは思うんだが……。
それが何なのかはまだ生憎と分からない。辟易しながらも親父の酒に付き合い、何度目かの杯を煽って俺は冒頭の悪態を吐く。だが親父は堪えず尚も愛音に空いた俺の杯に酒を注ぐように言う。
それに頷いたこいつは音も立てずに傍らまで近寄ると、俺の肩にしなだれ掛かるように身体を寄せて酌をした。本人は気づいていないようだがその仕草はまるで色街で働く女 のようだ。
「ねぇ煌騎、何をさっきからピリピリしてるの? せっかくお祖父様の用意した席なんだからもっと楽しそうに呑みなさいよ」
さも楽しげに愛音は俺の耳許へ真っ赤な唇を寄せ、小声で囁くように言う……。
その声色に全身の毛穴が開いたかのように鳥肌が立つ。悟られぬようポーカーフェイスを貫いたまま微かに身震いし、今更ながらに己の失態を呪ったが後の祭りだ。
俺が謀られたと知った時には時既に遅く、厳重な体制が引かれた屋敷の1番奥にある部屋へ通された後だった。
警戒心もなくいつものように外部との連絡を取る手段も、自ら警護の者に明け渡していたという間抜け振りに腹が立つ。
「チッ………愛音、テメェ何を企んでやがるっ」
「あら失礼ねぇ、今夜の宴は本当にお祖父様が設けてくれたものなのよ? クスクス」
俺が忌々しげに問えば、愛音はコロコロと鈴の音のように透き通った声音で笑い、尚も身体を擦り寄せてくる。
それから「まぁ多少はお強請りしたけれど」と、澄ました顔で平然と言った。何処までも喰えない女だ……。
裏があると自ら吐露したも同然の言葉を事も無げに言って退けるこの女は、俺が親父の前では強行に出ない事を知り尽くしている。
俺のアキレス腱であり、重たくなった枷……。
一生ついて回るだろう奴隷契約を、俺は遥か昔に親父と交わしていた。父親の無実をいつか必ず晴らすという条件付きで……。
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