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第215話
深い溜息を吐くと俺はもう興味がないとばかりに目線を戻し、和之からバイクを受け取ろうと手を伸ばす。
だが室内から親父が漸くのそりと顔を出し、愛音の傍らに立つと俺を見遣り静かにそれを止めた。
「何処へ行くつもりだ煌騎、まさかこの儂を置いてその拾ったとかいう薄汚い小僧の所へ行くんじゃないだろうな?」
「…………ハァ、そのまさかだよクソ親父。ひとつ忠告しておいてやるがあまりひとつの事に拘ってばかりいると、いつかあんたの命より大切な組が崩壊するぞ」
言いたい事を全部ぶち撒けると俺はメットを頭に被り、今度こそ和之からバイクを受け取ってそれに跨がった。
長すぎる脚が空を斬ってヒュッと小気味良い音が鳴る。そして片方の足を地に着けたまま軸にし、エンジンを吹かして前後のタイヤを滑らせ方向転換させた。
「―――和之ッ、後ろに乗るかっ?」
バイクの騒音の為に声を張り上げて一応尋ねる。しかし奴は肩を竦め、首を横に振って苦笑いを溢す。
「遠慮しておくよっ、俺が乗ればその分総重量が重くなる! チィの元に早く行ってやってくれ!!」
そう言うと右手を挙げ、さっさと行けと言わんばかりにシッシと手を払うジェスチャーをする。
それから思い出したように懐から自分のケータイを取り出し、俺に投げて寄越した。
「とりあえず此処を出たら大地に連絡を入れろ! 事のあらましは説明してくれるッ!」
「わかった!……本当に行かないんだなッ?」
念の為にもう一度尋ねれば、和之は少し困ったように微笑んで“行かない”とまた首を振る。
その意思表示のように窮屈そうなライダースーツの襟元を緩慢な動作で寛げ、ファスナーを一気に腹の辺りまで下げた。
「誰かが残ってここの“後始末”をしないと、だろ?」
「あぁ、なるほど……。なら、後は任せた」
意味ありげに言う和之にフッとお互い笑い合うと、俺は片手を挙げて前を向く。そしてブレーキを握ったままエンジンを吹かした。助走が短い分、出力をギリギリまで上げておかなければならない。
その間にぐるりと周辺を見渡してこのバイクの重みに耐えられ、尚且つジャンプ台になりそうな物を瞬時に探し当てた。
―――イケるッ!!
そう確信した俺はクラッチを踏みアクセルを最大限に捻って溜まった出力を一気に開放すると、庭の池先にある大きな灯籠にハンドルを斬った。
腰を浮かせ全体重を後輪に移動させて前輪を持ち上げそこ目掛けて突っ込めば、その通常よりも遥かにデカい石の灯籠は崩れつつも踏み台の役割を見事に果たし、重い車体を宙へと浮き上がらせる。
しかし助走がやはり足りずその勢いのまま後輪を外壁の上の瓦に乗り上げ、前輪を高く上げた状態でなんとか持ち堪えた。
そのまま重力に逆らわず外の車道へと飛び出したバイクは、着地と同時にアスファルトの上を横滑りし、派手なスリップ音を響かせながらも暫くして漸く止まる。
無事に脱出できたと思う間もなく、表玄関からは直ぐさま放たれた追っ手がこちらに駆け寄って来ているのが遠くの方に見え、俺は肩を竦め深い溜め息を吐く。
また脚を軸にタイヤをスリップさせて車体を方向転換させ、そのまま後は振り返る事もなく夜の住宅街を走り抜けていった。
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