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第258話

自身はまったく愛情を注がず、年端もいかない吉良に息子を押し付け、拷問の数々を受けて痛覚を失い人の痛みが分からなくなったあいつを戻せと……。 吉良は途方に暮れたという。 だがそんな時、自分の両親に子供ができた。そしてその生まれたばかりの妹に、何故か常磐が興味を示したのだ。 純真無垢なその妹と触れ合う内に奴は穏やかに笑うことが増え、感情の起伏も垣間見えるようになった。 そこに希望を見出した吉良は、妹と同じ純真無垢な人間を見繕い常磐へあてがおうとした。 「けど生まれたばかりの赤ん坊と似た清らかさを持つ者など、そういるハズがない。すぐに亜也斗の不興を買ってみんな闇に葬られたよ」 まるで人事のように話す吉良に俺は怒りが込み上げていたが、常磐のような狂気に毎日触れていれば感覚が麻痺してくるのかもしれない。 そう思い直し、また奴の話に耳を傾けた。 それから今回の騒動で遂に常磐の父親は実の息子に見切りをつけ、海外に放り出す算段だったと話す。 危機感を持った吉良は最後の賭けへと出た。常磐と似たような境遇に合いながらも、妹と同等の清らかさを持つチィに望みを託したのだ。 結果から先に言ってしまえば常磐は正常とはまだ言い難いが、今回のことで心を開きつつあり吉良の希望は叶ったと言える。 最後に常磐が見せた奇怪な行動は、奴なりの罪滅ぼしだったのだろうと吉良は説明した。あのまま警察が踏み込んでいれば、たとえ故意でなくとも俺はタダでは済まなかったと言う。 だが常磐は自分に目を向けさせることでそれを回避した。自分の父親が息子の不祥事を隠す為に、裏で工作するのを知っていてあのような行動に出たのだ。 けれどもその所為でチィの心は更に壊れ、今もこうして眠り続けたままでいる……。 「亜也斗よりももっと酷い環境に長くいた彼なら、あいつを救ってくれると思ったんだ。でも俺の考えが甘かった……」 「―――ふざけるなッ! てめぇ人をなんだと思ってるんだよっ!!」 「今でこそチィは笑顔が絶えなくなったが、俺たちと出会った頃はまだ人に怯えて表情も乏しかったんだぞ! それを貴様がッ―――…!!」 怒りも露に吉良へ掴みかかる虎汰と流星だったが、俺も正直止める気にならなかった。そんな自分勝手な理由であいつを壊されたのかと思うと、(はらわた)が煮えくり返りそうだった。

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