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第267話

眉間に皺を寄せて痛みに堪えていると、彼がボクの顔を覗き込んで優しく頬を撫でてくれた。 「チィ……何か思い出しそうになって苦しんでるのなら、無理に思い出さなくてもいいんだよ?」 「………でもっ、」 「大丈夫、その内すぐに思い出せるから……ね?」 彼はそう言うと俯いて目にかかったボクの前髪を横へと流し、優しく微笑んでくれる。 いつの間にか荒くなった呼吸を整え、和之さんに縋るように抱きつけばもう一度「大丈夫だよ」と声を掛けてくれて、何とかざわついた心が落ち着いた。 と、そこへ…… 「―――お前らッ、そこで何をやってるんだッ!!」 突如、背後から見知った人の声が響いて身体がピクリと跳ねる。何処か責める口調のそれにボクはすぐさま後ろを振り返った。 するとそこには先日この病院を退院したばかりの朔夜さんがいて、何故か怖いくらい真剣な眼差しでこちらを見下ろしている。 そして瞬く間にこちらへ歩み寄ったかと思うと、いきなり和之さんの胸ぐらを掴みぐっと持ち上げた。 その拍子にボクは彼の膝からポテッとベンチのほうへ転げ落ち、突然のことにワケが分からぬままぼう然と静かに怒る朔夜さんの顔を見上げる。 「和之お前ッ、幾ら記憶失くしてるからってチィにあんなことしていいと思ってんのか!」 「―――ッ!? 朔夜、お前どこから見っ……」 「どこからでもいいだろっ! そんなことよりッ、チィの記憶がいま混沌としてるからってこんなやり方、あんまりだろ!! 」 一方的に和之さんを怒鳴りつける朔夜さんにボクは怯え、2人に声を掛けることすらできない。 彼が何に腹を立てているのかは分からないが、和之さんは言い訳ができないのか申し訳なさそうにして顔を背けた。 その顔を見て朔夜さんは辛そうに顔を歪め、それから悔しそうに掴んでいた彼の胸ぐらをパッと離す。 「………もしかしてお前、チィのことが好きなのか」 「それは……まだ自分でも分からない。でも俺の手でこの子を守ってやりたいとは思ってる」 「はぁっ!? それってもうっ――いや、結末は自分でも見えてるだろうから敢えて言わないけど、でもッ」 「いいんだっ、報われなくても! お前の言う通りそれは最初から分かってたことだから……」 何もかも諦めているような表情で和之さんは言う。そのお顔がとても辛そうでボクは居た堪れなくなり、彼の左腕にぎゅっとしがみついた。

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