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第271話
でもこの気持ちは言えずに後悔するのは凄くイヤだと思ったから、その前に彼に伝えておきたいと心が急いでしまった。
そしたら和之さんが嬉しそうに破顔し、でもまたすぐに困ったような顔になる。
「俺もだよチィ、世界中の誰よりもキミをっ……」
「………う? キミを……な~に、和之さん?」
「ううん、ごめん何でもない。それよりチィ、お腹空いてない? まだ夕食には早いけどおやつ作ろっか」
言いかけた言葉を飲み込んで、彼ははぐらかすようにそう尋ねる。それを寂しく思いながらもボクはこくんと頷いた。
彼を困らせちゃいけないと思ったから……。
きっと今は気持ちを言えない理由があるんだ。だからたとえ言って貰えなくても我慢しなきゃいけない。
和之さんならいつかその言葉の続きを言ってくれる、そう信じて彼に抱きつきその肩に顔を埋めた。
静かな部屋にカタカタとキーボードを叩く音が響く。和之さんがおやつを作りにキッチンへ行ってる間、隣の部屋の朔夜さんがこちらへ来てボクの子守りをしてくれているんだけど……。
さっきから無言でノート型PCに向かったまま、ボクを見ようともしない。彼は多分この間のことをまだ怒ってるんだと思う。
あとから教えて貰ったんだけど朔夜さんはあの時、ボクと和之さんがキスしてたことを怒っていたんだそうだ。
まだ記憶が混沌としていて定まっていないのに、記憶を失くす前のボクの意思を無視していると……。
ボクには難しくて何のことだかさっぱり分からなかったけど、あーいうことはちゃんと記憶が戻ってからするべきだと言うので、あれからボクたちはキスをしていない。
すっごく不満だったけど和之さんが彼が怒るのも無理はないというので、とりあえず今のところは我慢している。
「………なんで黙ってるの」
「―――ふぇっ!? ボッ、ボク?」
「ここに俺とチィ以外に人いるの」
「…………いません」
「だろうね」
キーボードの上を滑る指は一切止めずに、こちらを向いて喋る朔夜さんはある意味スゴいと思う。
けど無表情のお顔が怖いのであまりこっちを見ないで欲しい……。
ビクビクしながら受け答えすると、彼は小さく溜め息を吐く。それにもビクついたらイラつかせてしまったのかチッと舌打ちされた。
だけどそれは自分に対してだったようで、朔夜さんは手をPCから離すと頭を掻きながらごめんと謝る。
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