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第272話

その顔は困ったように歪められていて、どうしたらいいのか分からないという顔をしていた。 もしかしてあの時の事を謝ってくれてるのかな……。 ボクもどう反応したらいいのか分からず、こてんと首を傾げた。 「いまチィが本気で和之のことを好きになってるっていうのは分かってる。でも記憶が戻った時、お前に後悔して欲しくないから俺はあー言ったんだ」 そう言って不貞腐れたようにそっぽを向いたけど、彼の頬は真っ赤で耳まで赤い。きっと照れているのだろう。 それにやっぱり朔夜さんはあの時のことを謝っているのだと分かって、ボクは内心ホッとした。もう怒ってないんだと思ったから……。 「ううん、ボクのほうこそごめんなさい。朔夜さんはボクのこと思って怒ってくれたんだよね? それなのにさっきからひとり怯えちゃって……」 「いや、俺も怯えられることをした自覚はあるから」 「朔夜さんの言う通りボクあれ以来、和之さんとはチュウしてないよ」 「そっか、うん……それがいい」 2人の間にまた沈黙が続く。でも今度のは気まずい沈黙ではなく心地よいものだった。互いに見合ってクスクスと小さく笑う。 友だちと喧嘩をした後の仲直りみたいだなと思った。 経験してみたいと憧れていたことのひとつが擬似とはいえ叶って嬉しくなり、ボクは朔夜さんの隣にくっついて座る。 今回のは幼馴染である和之さんが絡んでるから、彼も本気で心配したのだろう。そのことは分かっているが、嬉しいものは嬉しいのだ。 ニコニコして朔夜さんを見上げると、彼はちょっと苦笑いするように顔を歪めてボクの頭を撫でた。 「ハァ……和之のキスしたくなる気持ち、少し分かった気がする。確かにこれは我慢が効かなくなるな」 「う? ボク、チュウしたくなるお顔?」 「ん、まぁ……ね」 よくは分からないが彼曰く、ボクの顔は無性にキスしたくなるらしい。知らなかった……。 そのままずっと朔夜さんを見続けていると、彼のお顔がだんだんと近づいてくる。あれっと思った時にはボクと彼の唇がぴったりとくっついていた。

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