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第280話
流星や虎汰は面会時間ギリギリまでチィの病室に居座り続けるため、帰ってくるのはまだまだ先だろう。
何気なく見上げた壁時計に目をやり、深い溜め息を吐く。下には常駐するチームのメンバーが何人かいるようだが、話し掛ける気になれず無言で2階へと上がってきた。
する事もないしもう寝てしまおうと寝室に引き上げたのはいいが、チィの匂いが染み付いた枕カバーを嗅いでしまい寝られなくなる。
仕方なくベッドから起き上がった俺はサイドボードの上に無造作に置いたスマホとサイフ、バイクのキーとそれからメットを手に取ると部屋を出た。
と、そこへリビングのドアを開けて中に入ってくる朔夜と鉢合わせる。奴も和之がチィに付きっきりになった日から元気がなく、沈みがちだったのを思い出しその場で立ち止まった。
「……なに、何処か行くの?」
「あぁ、バイクでその辺を走ってくる」
「ふーん、なら俺も連れてってよ」
出不精な朔夜からの珍しい申し出に驚いたが、今まで自分にばかり気に掛けていた幼馴染みが急にチィを構い倒し始めた為、少し戸惑っているのだろう。
手に持っていたメットを奴に投げて寄越せば、朔夜は嬉しそうに俺のあとを付いてきたのだった。
「煌騎はさ、平気なのか?あの2人のこと……」
行くあてのない俺たちは近くの海へと辿り着き、バイクを降りて暫く波打ち際の砂浜を並んで歩いていた。すると朔夜が不意にそんなことを聞いてくる。
俺は海風を受けて揺れる前髪を掻き上げながら苦笑を浮かべ、陽が落ちて漆黒と化した夜の海を眺めた。引いては返す波の音が心地良い。
「あいつらが幸せならそれでいい」
「……お前ホント達観してるよな、疲れないか?」
クスリと皮肉めいた笑みで足下の小石を蹴りながら、朔夜はまたそう聞いてくる。だがそれは心配を滲ませた声色だった。
こいつなりに慰めてくれようとしているのが分かり、近場にあった頭をぐしゃぐしゃに掻き毟って撫でてやる。
「―――ちょっ、何するんだよ煌騎ッ!!」
「慣れないことをするからだ。お前が人の気を遣うとか鳥肌が立つ」
「なっ!? せっかくコッチは落ち込んでると思って優しくしてやってるのにッ!!」
「フン、余計な世話だ。それに落ち込んでいるのはお前のほうだろう? 大事な幼馴染みが自分に構ってくれなくなってそんなに寂しいか」
意地悪くそう言えば、朔夜は下唇を噛んで俯いてしまった。
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