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第284話

すると奴は微笑を浮かべてこちらを見る。その冷たい眼差しに俺は知らず背筋が凍りついた。 ―――こいつはただの医師じゃない。 ほんの一瞬だが奴がわざと垣間見せた、裏の人間特有の纏う空気に愕然とする。少なくともこの男は表だけで生きる真っ当な人間ではないだろう。 俺は直ぐさま立ち上がると奴との距離を取り、いつでも応戦できるよう警戒態勢を取る。 「あぁ、そんな警戒なさらないでください。私もこれ以上は何もする気はありませんから。まぁ今後はアナタ次第ではありますが……」 「―――何が目的だッ」 この男は恐らく今までチィを監禁していた組織側の人間なのかもしれない。しかしこの病院はおろか医師のひとり一人、看護士や院内の清掃員に至るまで経歴はすべて洗った筈だった。 そこまで考えてハッとデータを洗った人間の顔を頭に思い浮かべる。確かすべて調べ上げたのは朔夜ひとりだった。 奴のハッカーの腕を駆使して身辺調査を行い、裏との繋がりや犯罪歴などの有無を確かめたのだ。 あいつに限ってミスなどあり得ないと思いたかったが、いま奴の精神状態を鑑みると否定はできない。 もちろん朔夜をあそこまで不安定に追い詰めたのは俺だ。ほとほと自分の爪の甘さを感じずにはいられなかった。この男はそれを計算に入れ、じわじわと俺たちに近づいてきたようだ。 一際ヤツを睨むと加住は肩を竦めた。 「酷い嫌われようですね、でも私はただの雇われですので『あの方』には忠誠心の欠けらも無い。ですがチィさんの主治医というのはある意味、本当のことなのですよ? 私はあの子を子どもの頃から知っている」 「………なん……だと!?」 「彼が()()一室で過ごされていた頃から時折呼ばれ、チィさんを診る機会がありましてね。壊れないよう精神状態を管理しておりました」 「―――なッ!?」 あまりに衝撃的な事実に目眩がした。 この男は今チィの監禁に医者の立場から関わっていたと、俺にそう言ったのか……!? そんな男を俺は間抜けにも信用し、あいつの治療方針を全面的に任せてしまったのかと思うと、己の不甲斐なさに腸が煮え繰り返る思いだった。 だが加住はそんな俺を嘲笑うかのように口端を緩く上げ、ベンチに腰掛けたまま俺を見上げる。

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