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第288話
すべてを話し終わったあと、煌騎はどんな制裁も受ける覚悟だと静かに告げる。見れば奴の左頬には拳を喰らった痕跡があった。
口端は微かに切れて血も滲んでいる。恐らくは流星辺りが先に殴ったのだろうことはすぐに察したが、同情する気にはやはりなれなかった。
相談もなしに決断を下したこいつを許すことはできない。仮にも俺は当事者の筈なのに、まるで部外者のように扱われたのが気にいらない。
けれどもし俺が煌騎の立場だったなら、同じ決断を下しただろうから殴りはしなかった。
「経緯は分かった、で? これからどうする気だ」
怒りを鎮めながら煌騎にそう問う。
今後のプラン如何では俺も自分がどうなるか分からなかった。感情を抑制していても震える拳を反対側の手で抑え、目の前の男を真っ直ぐに見据える。
「………チィを、抱いてやって欲しい」
「―――ッ!? 本気で、言ってるのか?」
「あぁ、加住の話だとこのまま放置すればいずれ俺の記憶は蘇りチィの精神は崩壊する。だがお前があいつと心を通わせ、ひとつになれば封印は強固になるらしい」
変わらず淡々と告げる煌騎に腹が立った。
あの子は記憶をなくしてもこいつを想い、必死に思い出そうとしているのにあんまりだ。
そう思い怒りのまま立ち上がり奴の胸ぐらを掴めば、どこまでも冷静な煌騎は無言で俺の腕に手を添えた。
でもその手は微かに震え唇も堪えるように噛み締められていて、あまり目には見えないがこいつも身の内を焦がす想いなのだと漸く知る。
「それは……どうにもならないのか? 他の医師に頼んで封印を解いて貰うとか……」
「可能だとは思うがそれをすれば、あいつは確実にまた心を病んで眠り続けることになる。健吾の話だと記憶を操作されたのなら、無理に解除しないほうがいいらしい」
「じゃあまさか健吾さんの言う『安定』って……」
「今はそれしか方法がないそうだ。だから……チィを頼む、和之」
俺の質問に頷く煌騎に言葉を失った。それから黙って頭を下げる姿を茫然と見つめる。今まで誰にも頼ることのなかったこいつが、今どんな気持ちでいるのか俺には測り知れない。
だがチィを想う気持ちなら俺も負けていられなかった。あの子の為になるなら例えその後チィに記憶が戻り、恨まれることになるのだとしても喜んで抱く。
その決意が読み取れたのか煌騎は俺の顔を見ると、ホッと胸を撫で下ろしたように肩の力を抜いた。
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