297 / 405
第297話
敢えて聞こうとしない心優しい幼馴染みに感謝しつつ、壁に凭れかかって深い溜め息を吐く。
「なぁ朔夜、人を愛するのって難しいな……」
「何それ、お前らしくもない。……お前はいつだって自分のことは後回しにして周りを気遣ってきたんだ。好きな人にくらい我儘を通したって誰も文句は言わないよ」
ボソリと呟いた言葉に慰めようとしてくれているのか、朔夜はぶっきらぼうにだがそう言ってくれた。
こいつのことだ、俺が暴走の末に撃沈して自己嫌悪に陥っているのを見抜いているのだろう。
伊達に保育園の頃から一緒にいないなと感心し、こういう存在が身近にあることの有難みをフツフツと感じた。
「そっか……。なら少し外に出て頭冷やしてくるからその間、チィを見ておいてくれないか」
「ん、分かった。あんまり遠くには行くなよ。あの子が寂しがった時に傍にいなきゃ意味ないだろ」
「じゃあ30分バイクで走ったら戻ってくるよ」
そう言い残しその場を立ち去る。
けれど何かが気になりそっと振り返れば、朔夜は俺の部屋のドアを開け、普段は見せない笑顔を見せて中へと入っていった。
出迎えたチィが何か彼に言ったのかもしれない。その光景を見て金縛りに合ったように動けなくなった俺は、奴がいなくなったあとも呆然とその場に立ち尽くしていた。
「あいつが俺以外の奴にあんな顔をするなんて……」
何故か釈然としないモヤモヤがふと胸を占めて、俺は口をぎゅっと引き結ぶ。これは独占欲というものだろうかとまず頭に浮かんだ。
―――だがそれは果たしてどちらに対してのものだ?
ますます分からなくなって片方の手をポケットから出し、自分の頭を乱雑に掻く。
そもそもこんなことを疑問に思う時点で既に結果が見えていたが、俺は認めたくなくてその考えから無理やりに目を逸らした。
当初の目的である頭を冷やしに倉庫の外へと出る。ヒヤリとした夜の風が俺の頬を撫で、いつもの冷静さを俺に取り戻させてくれた。
やはり気の迷いだ。俺はチィを心から愛しているとしっかり自覚している。彼以外に愛せる者はいない。
ホッと胸を撫で下ろして自分のバイクに跨り、キーを差し込んでエンジンをかけた。
最初キュルキュルと高い音を響かせたあと、心地良い重低音のエンジン音を奏でる愛車に頬を緩ませ、俺は夜の街へハンドルを切ってバイクを走らせたのだった……。
ともだちにシェアしよう!

