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第318話
彼女がいることはみんなの会話を聞いてて何となくは知っていた。でもその彼女が彼の許嫁だというのは、まだ1度たりとも話題に触れたことはない。
では何故ボクは知っていたの?
彼の記憶は殆どと言っていいほど、キレイに忘れてしまっているというのに……。
大きく動揺するボクを他所に白銀さんはこちらに背を向けているからか、異変に気づく事なく入口に歩み寄るとドアを開けて虎汰と虎子ちゃんを部屋に招き入れている。
制服姿のまま中へと入ってきた2人はまずボクの顔を見て驚き、次いで何かを察したのか彼を丁寧に見送った後そっとドアを閉めた。
そして虎汰は右側から、虎子ちゃんは左側からボクを無言のままぎゅっと抱き締めてくれる。その間2人は何も追求しなかったし言及もしなかった。
ただボクが落ち着きを取り戻すまで、辛抱強く背中を摩ったり頭をポンポンしたりしてくれる。
そうされて初めてボクは自分が泣いているのだと気がついたのだった……。
「………チィ、少しは落ち着いた?」
「うん、虎汰も虎子ちゃんも……ありがと。それから、突然泣き出しちゃってごめんなさい」
「そんなの気にしなくてもいいんだよ、俺たちはいつでもチィの味方なんだから!」
敢えて茶化した風に言う虎汰にボクはホッと息を吐く。いつもの彼らでいてくれようとしているのがヒシヒシと伝わる。
たぶん頭が混乱していてちゃんと説明ができないから、今は何も聞かれないでいてくれるのも無性に有難かった。
双子はシンクロしたように同じタイミングでボクの頬を撫で、涙の跡を拭ってくれる。それから虎子ちゃんは虎汰にボクを洗面所に連れていって顔を洗うように指示した。
その間に彼女自身はこの部屋に備え付けてある小さな冷蔵庫から、保冷剤を取り出してそれをふわふわのタオルに包む。
それを洗面所から戻ってきたボクに手渡し、瞼を冷やすように言う。
「泣いたこと和之さんには知られたくないでしょ?」
「……あ、そっか。うん、分かった」
さっき洗面所の鏡で顔を確認したら、確かにボクの目は真っ赤になっていた。流石は女の子だなぁと思いながら、ボクは瞳を閉じて冷たいそ れ を瞼に当てる。
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