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第319話
よく冷えた保冷剤はボクの瞼だけでなく混乱を極めた頭も冷やしてくれ、段々と冷静に物事を考えることができる状態へと引き戻してくれた。
恐らくこの既視感は失くしたボクの記憶と関係しているのだろう。だけどそれを思い出すのはどうしてもはばかられた。
何故かは分からないけれど白銀さんも和之さんも、それから他のみんなもボクに思い出させないよう必死に何かを隠しているからだ。
それほど失った記憶は辛いものだったのかもしれない。みんながそれを望むのならば、ボクはその記憶を思い出しちゃいけないのだろう。
そう思うのに少しずつ綻びが出始めて、気がつけば記憶の欠片が脳裏からポロポロと零れ落ちていく。
このままだとボクは確実に白銀さんの記憶を思い出してしまう。でも、それを心の何処かで密かに望んでいるボクもいた。
彼のことはとても怖いのに、気がつけばボクもいつの間にか姿を目で追っている。だから白銀さんがボクのことを見てると気づけた。
でもみんなが思い出して欲しくない記憶を、取り戻してもいいのだろうか……。
「チィ、あまり深く考え込まないで……?」
「………虎子ちゃん、でもっ―――…」
「ふふ、あるがままを受け入ればいいのよ。チィがもう大丈夫だと思えば、記憶は自然と思い出すわ」
「………本…当?」
「えぇ、今は木の枝で羽を休める小鳥のようにチィも心を休めてるの。だから無理に急がないで、ね?」
虎子ちゃんの言葉はどれもボクの胸に浸透する。彼女のお陰で気持ちが落ち着き、呼吸も楽になった。
するとまた双子はボクに抱きつき、頭を首筋に埋めてくる。
「チィの身体って生まれたての赤ちゃんの匂いがするよな、なんでだろ?」
「たぶんお風呂上がりにベビーパウダーを振ってるんじゃない? ホントいい匂い」
「うふふ、2人とも擽ったいよぉっ」
気がつけばボクはクスクスと笑い、身を捩って逃げ惑っていた。それを悪戯っ子のような顔になった双子が追い掛けてくる。
楽しくなって止められなくなったその追いかけっこは、一旦夕食を届けに戻ってきた和之さんらがこの部屋のドアを開けるまで続き、彼のお説教を受けてやっとお開きとなったのだった―――…。
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