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第322話
下駄箱の前で上履きに履き替え、溢れ返る他の生徒とは違う方向に歩みを進めたボクたちは、長い廊下の突き当たりで必ず1度立ち止まる。
そこにいつも飲む紙パックのジュースの自動販売機があるからだ。
ここに来るといま飲みたいかと聞かれ、ボクが飲みたいと答えればひとつだけ購入し、まだいらないと言えばまた後で誰かが買いにくる。
いつの間にかそういうシステムになった。
最初の頃は後で買いに行って貰うのも悪いと思いその場で買って屋上に上がっていたのだけど、直ぐに飲まないことが数回あってそれがバレてしまい今では半ば強制的に答えさせれている。
紙パックのジュースは長時間置くとお腹を壊すことがあるのだそうだ。
「チィ今日も自分で買う?」
「うんっ!」
和之さんに問われボクは勢いよく頷く。
これもジュースを買う時の日課で、今まで買い物という行為をしたことがなかったボクは、興味深々で自販機に小銭を入れてボタンを押すところを見ていた。
それを見た彼がいつからかその大役をやらせてくれるようになったのだけど、ボクはそれが楽しくて仕方がない。
和之さんから100円玉を恭しく受け取ると、お金を入れる投入口にチャリンとそれを投入する。するとボタンは赤く点灯し、ボクは震える指で『ちょこ』味のジュースを押した。
「………ふぅ、今日も買えたよ!」
ガタンッと下の排出口から紙パックのジュースを取り出し、それを誇らしげに見せる。
みんなからすればそれはできて当然、当たり前の事なのだろうけどお買い物に慣れていないボクは、いつも上手にできるか緊張してしまう。
それを知っているからかみんな笑ったりせず、毎回のように“偉いね”と褒め称えてくれた。
ボクはご満悦のまま紙パックのジュースを胸に抱き、促されるまま屋上へと向かう。――が、その途中で何処からか甘い香りが漂ってきた。
敏感にそれを感じ取ったボクは思わずピタリと脚を止める。
「………チィ、どうした?」
「ん、スゴくいい匂いがする。懐かしいような、でも今まで嗅いだことのないような甘い香り……」
朔夜さんに訝しむように聞かれボクがそう答えると、途端に皆が顔を見合わせて表情を硬くした。
それから瞬時にボクの周りを囲うと和之さんがごめんねと言って、虎子ちゃんから差し出されたハンカチでボクの口と鼻を覆う。
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