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第333話

下に降りていくと何だか騒がしかった。 ケータイを握り締めたボクの父親が声を張り上げ、動揺したように何事かを叫んでいる。 どうしたのだろうとコウちゃんと顔を見合わせ、とりあえずその傍らまで近寄ってみた。そこにはコウちゃんのお父さんもいて、ボクたちを視界に入れるとおいでおいでと手招きする。 素直にそちらへ近づくとコウちゃんは別の男の人に何処かへと連れて行かれ、ボクの前にはコウちゃんのお父さんがしゃがみ込み両手を取られてぎゅっと握り締められた。 『千影くん落ち着いて聞いて欲しいんだけど、愛音ちゃんが何者かに誘拐されたらしいんだ』 『……う? アイちゃん、迷子?』 『そうしゃない、悪い奴らに無理やり連れ去られてしまったんだ』 『―――えっ!?』 信じられない言葉にボクは息を呑む。もちろん“誘拐”という馴染みのない()()に最初はピンとこなかったが、幼いながらに何か大変なことが起きているというのは分かった。 でもどうしたらいいのか分からず目の前のお顔を凝視すると、コウちゃんのお父さんは柔らかく笑いボクの頭をくしゃくしゃと撫でる。 『大丈夫、心配はいらないよ。愛音ちゃんは必ずキミのご両親が取り返してくれる。だが何かの組織絡みのようだから千影くんもここにいると危ないんだ。だから今から移動する、いいね?』 『う、うん……でも……っ』 咄嗟にボクは自分の父親のほうを見た。その目線を追ったコウちゃんのお父さんが不安がるボクを落ち着かせようと、両脇に手を差し込んで徐ろに抱っこしてくれる。 そしてそのまま歩き出し、ボクの承諾を得ずにその場を離れ始めた。 『千影くんは男の子だから暫くお父さんから離れても大丈夫だろ? その代わり俺が傍についてる。何があってもキミを守ると約束するよ』 『ホント? ずっとボクの傍にいてくれる?』 『あぁ、俺は守れない約束はしない主義だからな』 そう言って力強く頷くコウちゃんのお父さんに、ホッと胸を撫で下ろした時だった。何処からか何かが破裂したような音がパンパーンッと2回、倉庫内に響き渡る。 その瞬間、コウちゃんのお父さんの首に抱きついていたボクは目の先で父親の身体が傾き、スローモーションのように倒れていく様子をただ呆然と見ていた。

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