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第335話

その言葉を信じてみようと思った。 不思議なのだけど彼が言うと言葉短めなのに力強さがあり、本当にそうなる気がしてくる。 ボクが決意を固めてコクンと頷くと、コウちゃんのお父さんはハンドルを大きく切って左へと進路を変えた。 車体は横滑りしながら交差点を左折し、後続車両も次々と交差点へ侵入してくる。だがその瞬間に信号が黄色から赤へと変わり、青に変わった車道から来た車両と接触事故を起こし2台は走行不能となった。 コウちゃんのお父さんの肩口からそれを見ていたボクは、残りの車の数を数えそれを知らせる。 『ん、まだあと2台……ついてくる…の……』 『ちっ、しぶとい奴らだ! だが応援を呼ばれたら逃げ切れなくなるし……千影くんっ、少し乱暴な運転をしてもいいか?』 声を張り上げながらも優しい声音でそう聞いてくるコウちゃんのお父さんは、しかし見上げれば顔は野生の狼を思わせるほど鋭くて、眼は獲物を狙ってでもいるようにギラギラとしていた。 今までも十分乱暴な運転だと思っていたけど、それを見たら何も言えなくなる。だからボクはコクコクと頷いた。 自分の父親もそうだがこの人も恐らく走ること……つまりは“()()()()()()”が好きなのだと、なんとなくそう思ったから……。 車はその宣言通り大きく揺れた。 スピードをグングンと上げて制限速度を厳守する他の走行車両を追い抜いていく。次第に黒塗りの車はこの車両についてこられなくなり、距離をどんどんと離していった。 と、後続車両が見えなくなった頃、不意にボクとコウちゃんのお父さんの間からケータイの着信を知らせるアラームが鳴り渡る。 『―――誰だこんな時にッ! 千影くんすまないが、内ポケットに入ってるケータイ取って誰からの着信か確認してくれるか?』 『う、うん……分かった』 言われるまま彼の上着の内ポケットを探るとケータイを発見し、折りたたみ式のそれを開く。すると液晶画面には【もとき】と出ていた。 それを伝えるとコウちゃんのお父さんは、眉間に皺を僅かに寄せる。それからケータイを通話状態にして自分の耳に当ててくれと言うので、その通りにした。 『………俺だ、あぁ……何ッ!? 咲ちゃん()連れ去られただとッ!?』 ボクには会話の内容は聞き取れなかったけど、大体のことは予想がつく。だってコウちゃんのお父さんの顔が徐々に険しくなっていくから……。

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