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第339話
皮膚の表面だけを傷つけた切 先 は、肌の上を滑るようにして再び頸動脈の直ぐ横へと戻ってくる。
少しでも動けばそこは簡単に切りつけられるだろう。それが分かるだけにボクは微動だにできなかった。
すると黒服を着た男の人たちに囲まれた咲ちゃんが直ぐ傍までやってきて、腰に手を当て物凄い剣幕で怒り出す。
『なんでオジ様に全部話しちゃうのよパパッ! 計画が台無しじゃない!!』
『そうだったんだけどね、このクズがついて来ちゃったからどうしようもなかったんだ。ごめんよ?』
『ごめんじゃないわよっ! 私はオジ様に颯爽と助け出されたあと、コウちゃんと恋に落ちて恋人同士になるハズだったのよ!? それなのにっ、計画がめちゃくちゃだわ!!』
僅か5才だというのに咲ちゃんは、自分の父親をけんもほろろに怒鳴りつけた。だけど叔父さんは尚も謝り続け、全ての元凶はボクにあると言う。
ボクが大人しく車に残っていればその隙に連れ去ることができ、コウちゃんのお父さんにはバレずに済んだのだと……。
それにより怒りの矛先を向けられたボクは、咲ちゃんにキツく睨まれた。
『アンタなんか死んじゃえばいいのよ! 私が欲しいもの全部持ってるクセに、私のコウちゃんに2度と近づかないで!!』
『まぁまぁ咲……、こいつに怒るのも無理はないがパパがもっといい計画を思いついてあげたよ。聞いてくれるかい?』
叔父さんは掴みかかる勢いで怒鳴り散らす咲ちゃんを宥め、意地の悪い笑みを零す。それを見た彼女は動きをピタリと止め、きょとんと首を傾げて自分の父親を見上げた。
娘が話を聞く姿勢を取ったのを確認すると、叔父さんは手遊びにナイフを己の前でヒラヒラとさせ、ニッコリ微笑む。
『ふふ、実は僕、前から聞いてたんだ。コウくんとこいつの母親2人が自分たちに男女の子供ができたら結婚させようって話してるのを……』
『………うそ……そんなっ……』
『あぁ悲しまないで咲、大丈夫……大丈夫だよ。お前が《愛音》として戻ればなんの問題もないんだから……ね?』
『…………あ………』
もはや狂気じみた恍惚とする表情を浮かべ、叔父さんは自分の娘にそんなことを言う。なのに異常とも取れる父親の言動に咲ちゃんは、パァっと顔を綻ばせたのだった。
歪んだ親子の会話にコウちゃんのお父さんとボクは驚愕し、言葉を失った……。
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