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第340話
この親子はたぶんもう壊れてしまっているのだ。自分の望みが叶わぬのなら他者を傷付けてでも、そう発想するのは誰にでもあることで別に悪いことじゃない。
だがそれを実行に移した時点で、既にこの2人は正常な判断ができなくなってしまっている。そう感じたコウちゃんのお父さんは瞬時に動いた。
叔父さんがナイフを振り回している隙にと、ボクに手を差し伸べて腕を掴むとそれを自分のほうへ引く。
すると気を抜いていたのか男の手からは簡単にボクを引き剥がすことができ、身体はコウちゃんのお父さんの胸の中へと収まった。
そしてボクを抱えたまま男に体当たりし、背後の通路を一気に駆け抜ける。叔父さんが慌てて男たちに追えと命令しているのが聞こえたが、コウちゃんのお父さんは脚を止めなかった。
『コウちゃ……のお父さ…待って、アイちゃんがッ』
上下に激しく揺れる振動で上手く言葉が喋れなかったが、ボクは必死に言い募る。先程の話だと妹の愛音は確実に叔父さんたちに身柄を拘束されているハズだ。
大事な妹をこのまま置いて行くことなど、ボクには到底できなかった……。
だが土地勘のない迷路のような工場跡地での逃走は困難を極める。再び彼らに捕まれば今度こそボクたちは殺されるだろう。
恐らくこんな事を言ってコウちゃんのお父さんは呆れているに違いないと思ったが、でもそれならボクだけでも置いて行って欲しいとそう言い募る。
縋り付くように彼の首に抱きつけば、頭上から深い溜め息のような息の漏れる音が降ってきた。
『キミをひとり置き去りになんかできるワケないだろ! それに愛音ちゃんもあいつの大事な娘だ、絶対に見捨てたりしないッ』
何かの機械が密集する場所の物陰へと身を潜めたコウちゃんのお父さんは、少し上がった息を整えながらそう言ってくれる。
それを聞いた瞬間ボクはこんな時なのに、ホッと胸を撫で下ろし心から安堵し微笑んでしまった。今も危機的状況なのは変わらないのに彼ならボクも愛音も助けてくれる、そう思ってしまったのだ。
『……と言っても愛音ちゃんが今どこにいるか』
コウちゃんのお父さんが思案するように、視線を宙に彷徨わせ考えを巡らせる。が、あまりここも安全ではないため長居はできない。
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