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第351話
思いがけない言葉をかけられてボクは目を見開いた。てっきりこの人は叔父さんの仲間だと思っていたのに、どうしてそんなことを言うのだろう。もしかしてこれは何かの罠?
そう考えたボクは気がつけば訝しむ目で香住センセを見上げていた。それを見たセンセは一瞬だけ呆けたお顔をし、でも直ぐに苦笑を零して言葉を付け足す。
「警戒するのは貴方の勝手ですが、せっかくのチャンスをみすみす逃すのは愚の骨頂ですよ千 影 さん」
「……ど…して? どしてボクを助けてくれるの!? センセは叔父さんの仲間なんじゃッ―――!?」
興奮して思わず声を張り上げてしまったら、香住センセの男にしては細くて小さい綺麗な手に口元を塞がれてしまう。
そして背後にあるドアに視線を向けて数秒睨みつけ、誰もこの部屋に入って来ないのを確認するとその手をゆっくり離した。
「とある方に借りがありましてね、コレはその借りを返しているだけに過ぎません。次にお会いした時はまた貴方の記憶を奪うかもしれませんよ?」
「じゃあやっぱり、センセが煌騎の記憶を消しちゃったんだね」
「記憶が戻ったのなら覚えているでしょう? 昔から私が貴方の主治医だったことを……」
そう問われボクはコクンと静かに頷く。
当時の彼は『香住』という名ではなかったけれど、ボクが小さい頃からこの甘いお香を焚いて暗示を掛け、少しずつ記憶を変えられていた。
違和感を感じつつも当時は何もかもを諦めていたから、ボクは成すがままだったけど今は大切にしたい想いができたから、もう勝手に記憶を消されたくはない。
ぐっと顎を引いて睨みつけるようにセンセを見上げると、彼はクスクスと静かに笑ってボクの腕を引き鉛のように重い身体を起こした。
「もう行きなさい、基さんが戻ってくる前に……」
そう言ってボクの服を手渡してくれる。
それを受け取って何とか身に付けるとドアの前まで誘導してくれ、外に誰もいないか確認した。
そして逃げ道を簡単に説明するとボクの背中をそっと押す。
「千影さん、あの方に会ったらよろしくお伝えくださいね」
「……う? あの……っ」
最後にそう言われたけど誰のことか分からず聞き返そうとした。ーーが、その時、背後から人が来る気配がして慌ててボクはその場から立ち去ったのだった。
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