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第355話
でもふと母親が結婚する前のお仕事が、確かそのような名前だったことを思い出す。確かよく寝る前に布団の中で、寝物語としてボクと妹に話して聞かせてくれていたのだ。
自分の母親もそのお仕事に就いていて、ウチは代々女系がある技法を引き継いでいるのだと誇らしげに語っていた。
それから愛音が16の年になったらそ れ を引き継いぐのだとも……。
なんでもお祖母さんのお祖母さん、更にそのお祖母さんが編み出した人には真似できない特別な技法があるらしく、そのお陰で一族は地位と名声と財力を手に入れたという。
けれど昔の女の人は結婚したらお仕事を辞めなくちゃいけなかったらしく、その不条理に憤ったお祖母さんのお祖母さんのお祖母さんがいつか世の中が変わり男女等しくなった時、一族の女の子が困らないようにとひっそり娘に引き継がせたのだと教えて貰った。
彼らはその事を言っているのかもしれない。でもあの事は誰にも言っちゃいけないと子供の頃、母親にキツく約束させられている。
だからそのまま口を閉ざした。ボクが喋らなければ決してバレることはないだろうから……。
それにあ れ は女の子にしか教えられないものだから、ボクは何も知らないのと一緒だ。妹の愛音なら少しは聞いていただろうが、その事も一応は伏せておく。
あの子がいま何処で何をしているのか、生きてすらいるのかも分からないけれど、もし洩らしでもしたら彼女に多大な迷惑がかかってしまうからだ。
この秘密はどんな事をしてでも墓場まで持っていこうと、ボクは心の中で硬く誓った。
「なぁこうしてても埒が明かないしさ、感情の起伏で彫り物が浮き上がるんならとりあえず試してみようぜ?」
「でも上で幹部連中が既に試してるんじゃ」
ひとり男性が提案し、もうひとりは渋るようにそう返す。だが周りの男の人たちは最初に提案したほうを支持し、結局はもうひとりも流されるようにそれに同意した。
「……といっても何をどうすればいいんだ? 専門の香住センセがお手上げだったんだろ」
「まだ試してないのがひとつくらいあるだろ、例えばそうだな……死に直面した時の恐怖とか」
男がそう呟いた途端、その場は静まり返った。
誰もがそんな馬鹿なと思いながら、しかし試すものはもうそれくらいしかないとも考え始める。
シンとする室内に、誰かが唾をゴクンと飲み込む音がやけに大きく聞こえた。
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