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第392話

『まぁそう肩肘張らず楽にしていればいい、決して悪いようにはしないから……』 アレクさんは最後にそう言うとニヒルな顔で微笑み、ボクの隣に座るアイちゃんに手を差し伸べた。彼らも今から場所を移動するらしい。 いずれフリードマン家のドンとなる男の婚約者となった彼女が一応自国とはいえ、ひとつ処に留まるのはかなり危険を伴うのだそうだ。 今回は緊急を要した為に来日は非公開としているが、ファミリーのドンとなる男の妻になりたいと願う女性は世界中に数多くいる。 その者らがこの機に乗じて暗殺を図らないとも限らない為、アイちゃんは滞在するホテルを転々と変える必要があった。 それに加え問題を起こさないようにと入国した際、日本側から付けられたSPも撒かなければならない。 彼らはとても優秀だがこうも四六時中ベッタリと張り付いていられては、彼女がここにいますと宣伝して回っているようなものだからだ。 『お兄ちゃんとは離れ難いけど、これはロシアを発つ前にしたキールとの約束だから……わたし行くね』 アイちゃんはボクをぎゅうっと抱き締めるとこめかみのところにキスを落として離れ、アレクさんの手を取ってゆっくり席を立った。 すると言葉が分からないからか不意に彼女とはもう会えなくなるような気がして、ボクの両目からは涙がポロポロと溢れ出てきてしまう。 ロシア語を少し理解する煌騎に肩を抱き寄せられボクは直ぐさま宥められたが、10年ぶりに再会した妹とはやはりどうしても離れ難かった。 『泣かないでお兄ちゃんっ、明日になればまた会えるから。それまでお兄ちゃんたちはここのスイートルームを堪能しててよ。浴室は泳げそうなほど広いし、寝室も絵本に出てきそうなくらいメルヘンチックだからきっと気に入るわ、ね?』 「うん、わかったよアイちゃん」 必死に慰めてくれるアイちゃんに、ボクはこれ以上迷惑をかけられないとはにかみながら頷く。 その様子を見てホッと胸を撫で下ろした煌騎のお父さんや健吾さんは、彼らと同じく席を立つと治療を終えた2人を連れ立って部屋を出て行った。 途端に賑やかだった部屋がシンと静まり返り、広いスイートルームにボクと煌騎の2人きりになってなんだか少し寂しい気持ちになる。

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