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第9話
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蓮華のお説教のせいで日付は変わってしまった。月も雲に隠れて少しだけ顔を出すのみ。縁側の廊下は灯りが点々と灯っているが人影はない。台所と、両親の寝室から灯りがこぼれているのみ。私と一宮がともに生活している離れに行けば行くほど、人の気配は消えていった。
起こしたら悪いからと、音を立てずに廊下を歩く。すると微かに声が聞こえてきた。
ぼそぼそと何か一宮が言っている。
私の気配に気づかないのか、小さくふすまを開けると真っ暗な暗闇の中、頭まで布団をかぶった一宮が小さな声で呪文のように唱えている。
耳を澄まして聞くと、それは残酷な言葉だった。
「僕は旦那様が好き。僕は旦那様が好き。僕は旦那様が好き」
暗示をかけるように何度も何度も何度も。
その愛らしい声で、情事中に何度も聞いた言葉だ。
『旦那様が好き。好きです』
寝ぼけて行っているわけではない。
今、布団の中で、自分に暗示をかけている。言葉を本当のものだと自分に言い聞かせている。
そのまま乱暴に襖を開け、布団をめくった。
「なっ旦那様っ」
涙を溜めて私を見上げている。その体には、私がつけた痕が生々しく残っている。
手足だけではない。乱暴に開いた時の太ももにまで。
「き、いて、聞いていたのですか」
ふるふると震え自分の体を包み込むように抱きしめると、後ろへ数歩後ずさった。
「滑稽だな」
「……旦那様、僕はただ」
「Ωだからな。私に捨てられたら行き場所がない。だから、だろ」
体が冷えていく。見下ろす彼を、あざ笑うがそれでも気分は晴れない。
私を好きだといったその言葉は偽りだった。
「旦那様、僕はただ……優しく、優しくしてほしくて」
「……」
「僕が好きになれば、旦那様も僕を好きになってくれるかなって。お話をもっとたくさんしてくださるかなって」
ネクタイをほどき、畳に抛る。上着を脱ぐと、彼が強張るのが分かった。
「大事にしてやってきたつもりだがな」
「違うんです。僕が欲しいのは」
「うなじをこちらに向けなさい」
私の言葉に、彼が目を見開く。
「発情期を待ってやっていた。それがやさしさのつもりだった。君が成人してからでもいいと思っていた。だが、それも間違ったやさしさだったようだ」
「旦那様」
「愛してあげよう。今すぐ、番にしてやろう。脱いでうなじを向けさない」
私はただ座って、彼の行動を見た。
私の目を見た彼は、おびえながら服を脱ぎ、一滴涙を流した。
背中を向けて、彼は嗚咽を漏らす。
「旦那様、僕を好きになってくれますか?」
「……しゃべらなくていい」
差し出されたうなじを、数回舐めると体が硬くなっていくのが分かる。
歯を立てる。何度も歯を立てて、怯える姿を堪能してから噛みついた。
「あああああああっ」
倒れる彼に覆いかぶさりながら、深く歯を立てる。
目を見開き涙を流しながら、布団を必死で掴んで痛みを耐える。
すすり泣く声と共に、肩から流れる血が、まるでバラの花びらのように。
その夜は、口にハンカチを押し込んで逃げれば歯を立て、優しくしてやった。反抗しなければ噛まないと学習した彼は、人形のように揺さぶられ、ただただ泣くだけだった。
気絶してもやめずに、怒りを注ぐ。私は彼の香りに狂っていた。
ただ一人狂っていた。傷つけても止まらなかった。
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