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第12話

「一宮様、もういいです。お体に触ります」 「僕ね、怖かった。本当は廊下から旦那様の足音が聞こえてくるの怖かった。でも僕が溺れた時、旦那様必死で走ってきてくれた。抱きかかえてくれたでしょ? だから死んでほしくない程度には必要にしていただいてるのじゃなって」  蓮華のすすり泣く声がした。私の両眼も、浅ましくも涙がこぼれていた。  彼は、庭に生える花よりも自由のない苦しい時間を強いられていた。  ただ私のその行為さえも喜ぶほど、強いられていた。  まだ幼く愛に飢えている少年が、だ。 「僕ね、一人で育てるよ。もちろん、吉田家の援助なきゃ育てられないから離婚はしたくない。だから、大切に育てるから、旦那様にそう伝えてくれないかな」 「……うちから何人かお手伝いを連れて行って。一人じゃ心細いでしょ。私は家族だから、頼って。一人で追い詰められないでね」  蓮華の言葉に、彼が何を言ったのかもう聞き取れなかった。 ただ看護師や医師に守られるように歩いて、車に乗り込む彼のもとへ私は走った。  車の中で驚いた彼だったが、なぜかいつも通りの笑顔で私を見た。 「旦那様。お仕事が忙しいのに来てくれたんですか」 「一宮」 「すぐに元気になって帰ってきます。心配しないでください」 「一宮、私が間違っていた。――お前を愛している」  窓にはいりついて、両手で窓を抑えながらずるずるとその場に倒れ込んだ。  愛しいとやっと思えた。目の前の愛くるしい少年を、ようやく愛しいと思えた。  まともに見ようとしなかった私を許してほしい。追い詰めてしまった私を許してほしい。 「ふふふ。なんだかドラマみたい。僕も好きですよ旦那様」  けれど窓は開かない。触れられなかった。  人質ではなくなった少年は、犯人に笑いかけるのをやめていた。  そのまま、行先は私には分からないが彼は療養先に向かった。  *

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