家に着くと、恋は靴を脱ぎ散らかしてはバタバタと廊下を走って奥へと向かって行った。 俺はその靴を直し鍵をかけると追うように奥へ向かっていく。 「転けるなよ。」 「だいじょーぶ！ね、お腹空いたー！」 「さっき飯出ただろ。」 「美味しくなかったもん。」 リビングの椅子によじ登って足をばたつかせながらイッと怒ったような顔をする。 確かに葬式で出るようなかしこまった飯は子供の口には合わないかもしれない。 …そういえば、紀実も子供舌だったか。 京都で会席料理を食べた時アイツは味がないって嘆いていた。 「なんか作ってやる。何がいい？ 」 「オムライス。」 「…ケチャップライスは玉ねぎ多めのグリンピース抜きか。」 「うん！どうして知ってるの？」 「お前のパパが、これが好きだったんだ。」 恋を見てると、どうしてもアイツを思い出してしまう。 何をするにも何を話すにも。 面影を残しすぎだ。 「…すぐ出来るから少し待っとけ。」 「ん！」 恋へそう言い、暇つぶしにテレビでも付けてやる。 丁度朝の再放送の教育テレビがある時間だ。 案の定、恋はテレビに釘付けでこっちを向きもしない。 目の前のものに集中するのも紀実にそっくりだ。 オムライスを作りながらまた、アイツのことを思い出す。 大学時代、金のない俺達は大学近くの小さなアパートの部屋に２人で暮らしていた。 料理全般は俺担当、洗濯やゴミ出しは紀実担当。 アイツは毎日俺の飯を全部美味いと言って食べてくれた。 外食に行っても俺の飯が美味いと言うくらいに。 「恋、出来たぞ。」 「やったー！卵はふわふわ？」 「ふわふわのトロトロだ。」 「僕それが好きなんだ！ママと同じ。」 恋の前へオムライスを置きながら、その言葉に驚く。 恋の母親に会ったことがあるのは結婚式の時と恋が生まれた後、一度家に行った時だけだ。 …なんで俺と同じオムライスなんだ。 「パパがね。ママにいつも言うんだ。『勇気の飯が美味しくて』って。」 「…俺の？」 「うん。ママは『それじゃ勇気さんのご飯を教えて』って。だから僕のお家のご飯は勇気ご飯って呼んでたんだよ。パパが言うの。勇気が出る魔法のご飯って。」 恋はそこまで話すと口いっぱいにオムライスを頬張った。 これ以上ないってくらいの"美味しい"の顔をしながら。 紀実の家での事を知らなかった。 ポカンとして恋を見ながら俺は隣の椅子に崩れるように座る。 なんだよ、勇気ご飯って。 俺はそんな事一言も聞いたこと無かったのに。