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恋は小さな手のひらを広げて、親指をおっては「まずはね」と前置きを置いた。
紀実が話を始める仕草と同じでまた胸がチクリと痛む。
「パパは高校生の時に恋をしたんだって。」
「…もう10年間もか。」
「ずっと一緒にいるとね、ドキドキしてたくさん大好きになったんだって。オムライスよりハンバーグより太陽より!」
「そうアイツが言ってたのか?」
「うん。あと、はいぼーると、おれんじりきゅーるよりも好きって言ってたよ。」
「紀実らしいな。」
恋はまた手のひらを上げると、今度は人差し指を折り込み「次はね」と前置きを置く。
「1回だけチューをした事があるんだって。」
「は、…はぁ……!?」
「勇気さんがお酒を沢山飲んでね。フラフラしてる時。パパもフラフラのフリしてたけど本当はフラフラじゃなかったんだって。フラフラのフリしてチューしたって。
でもホントはね、いっぱいドキドキで幸せだったって。パパ悲しそうな顔でね、言ってたの。」
「…覚えてない。」
「パパは覚えてたのにね。不思議だぁ。」
キスをした?俺と紀実が?
全く思い出せない記憶を辿るが、そんな思い出俺にはない。
もしその記憶があったのなら少なからず1度はそれを笑い話にしていただろう。
俺が置いてけぼりになっているのを気付かず、恋は続けて中指を折り込むと「あとね」と前置きを置いた。
「デートも沢山したんだよ。水族館、動物園、ぷらねたりゅーむ!」
「プラネタリウムな。」
「ぷらねたりゅーむだよ。」
「…そういえば紀実も言えなかったな、プラネタリウム。そのまま聞いて覚えたんだろ。」
「ん!映画館で怖いの見たって言ってたの。」
「怖いの?」
その言葉で思い出す。
紀実はゲームも本も映像もホラー系はまるっきりお断りだったはずだが、1度だけホラー映画を見に行ったことがあった。
紀実がどうしても見たいと頼み込んできたのをよく覚えている。
「うん。パパ、怖いからって言ってね、勇気さんのお手手繋いだの。」
「…あぁそうだったな。」
「でもね、ホントはね、お手手繋ぎたいから怖いの見たんだよ!パパ、恥ずかしがり屋さんなの。」
「なんだ、それ……」
「怖かったけど、いっぱい幸せだったんだよ。パパ、言ってた。」
知らない、そんな話知らない。
あの日、確かに紀実は怖いから繋がせてって肘置きに置いてあった俺の手に手のひらを重ねてきた。
繋いではない。
ただ、触れていただけ。
俺は内心ドキドキして映画の内容なんて入ってこなくて、ただただ紀実の細い指の感触だけを覚えていた。
それが そんなの 知らなかった。
「勇気さん?」
「…何でも、ない。パパの話、もっと…もっと聞かせてくれ。」
「ん!いーよ!」
恋はあと小指と薬指しか立っていない手のひらをあげてニコニコと楽しそうに笑った。
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