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ガチャ… 玄関に入った瞬間に今までに感じたことの無い程の消毒液の匂いが充満していた。家の中は静かで物音がしない。 廊下を進み奥の彼方の部屋の前まで着く。 コンコン… 返事は無い。ほんとに誰もいない感じがする。 「彼方…入るぞ」 点滴をしながら眠る愛おしい姿。自分の目で見えてるものを嘘だと思いたかった。服の裾から見える足や腕はあかぎれで所々に血が出ている。その血が白いシルク生地のパジャマを汚している。 俺が近くに寄っても全く起きる気配がない。 「彼方…ごめんな…ほんとにごめん…離れたりして、俺っ…なんも知らなくて、なんも出来なくて…こんなことして言えることじゃ無いかもだけど…好きだよ…」 この想いが通じれば…いや通じてくれないか… 胸の痛みと涙で心がグチャグチャになる。最後だけでいいから…最後にキスをしたい… 俺は彼方の顔に近づき唇を交わす。 ギュッ… 「っ…!」 彼方の腕が回ってきて俺を抱き締めた。点滴の管が揺れる。 「あ、ゆとくん…?歩叶君なの?」 額をくっつけさせて目線を合わせる。彼方の目からはみるみるうちに涙が溢れて頬を濡らしていった。 「振り払わないのか…?」 彼方の顔色が一瞬曇った。 今、振り払ってくれないと俺が止まらなくなる。振り払って嫌いって言ってくれないと… 「振り…払ったら、歩叶君の涙が止まんなくなっちゃうでしょ…?」 「ごめんな…彼方」 そしてどちらとも無くキスをした。

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