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第三夜

「お初にお目にかかります。ディック様。ポートマン家で執事をしております、ランティス・モーガンと申します。(わたくし)のことはランティスと、お呼びください」 以後お見知り置きをと、言いつつ出迎えてくれた執事に伴われて、ディックは絨毯の引かれた長い廊下を彼の後に続いて歩いていた。 向かっているのはどうやら主人の私室らしく、そこに義父がいるらしい。 本当は自ら出迎えるつもりだったらしいのだが、タイミング悪く仕事の電話に応じているとのことだった。 (漸くあの人に会えるんだな) そんなに長くはない道のりすら途方もなく長く見えてしまうほど、ディックは彼に会いたくて仕方がなかった。 『はじめまして。私はポートマン家の当主を務めているヴォルフラムだ』 養子縁組を打診され、気乗りしないままに出向いた先で出会った男の顔がディックの脳裏に浮かぶ。 透き通るような白磁の肌に、琥珀色の瞳がはめ込まれた驚くほどの美貌の主を。 微笑みながら見事な金髪を揺らした彼はどう見ても男性だが、それでも一瞬性別を忘れてしまいそうになるほどの美しさだった。 それこそ顔合わせをしてから今日まで何度も夢に見るほどに、強烈な印象をディックに与えた。 儚げで、それでいてどこか不思議な魅力に溢れた人だったなと、義父の記憶を辿る。 「旦那様は、貴方にお会いするのをずっと楽しみにしておられました」 ディックの思考が一瞬で喜びに染まる。 挨拶言葉だとわかっていても、嬉しいものは嬉しいと、10代半ばの少年は素直に感情をその顔に浮かべた。 人となりなどろくに知らないくせに、あの人に必要とされていることが嬉しいのだ。 「旦那様は先代が亡くなられてからずっと、一人でこの屋敷を守ってきました。ですが、これからは貴方がいる。とても心強く思っていることでしょう。旦那様はお優しげな見た目に反して気丈なお方ですが、それでも心の拠り所を欲しております。故に養子になられた貴方の存在は大きいものになるでしょう」 先行く執事がちらりと振り返る。その視線にわずかながらに値踏みするような不躾なものが混じっているのに気がついたが、咎めることはせず、代わりに少し気になっていたことを聞いてみることにした。 「何人か、養子候補がいるとお伺いしていました。正直、俺のような形ばかりの血縁者が選ばれるとは思わなかったんですが、理由をご存知ですか?」 「いろいろ理由があるのでしょうが、強いて上げるなら、おそらくその目でしょうね」 「目、ですか?」 「私も記憶が曖昧で申し訳ないのですが。貴方は先代と顔の作りがとてもよく似ているのです。中でも目が先代にそっくりです」 先代というと、ヴォルフラムの父親だ。 だが、残念ながら似てるいると言われても、ディックは彼に会ったことがないから比べようがない。 「旦那様は、先代が手塩にかけて育てられたせいか、いまだに彼の影響を受けています。いえ、囚われている、と言った方が正しいでしょうか。今も昔も囚われたまま、時を止めているのです。貴方なら亡霊に囚われた旦那様を救うことができるかもしれませんね」 「え?」 「とりあえず、今貴方にできることは旦那様を父と慕い、“彼の人”の後を継ぐ覚悟を決めていただく事だけです」 意味深な言葉を呟いたきり、執事はそれ以上話すことはないと言わんばかりに口を閉ざしてしまう。そうこうしているうちに、目的地にたどり着く。 「着きましたよ。どうぞーーー」 衣服の乱れなく執事の見本のようなランティスが、ノックもなしに主人の私室のドアを開いたことにディックは一瞬呆気にとられた。 だが、そんな驚きも一瞬で吹っ飛んだ。 漸く訪れた義父との対面に喜ぶ暇もなく、ディックは目の前に広がる光景に絶句した。 「なっ?!!」 そこには義父がーーー全裸にされたヴォルフラムが、ベッドの上で身悶えていた。

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