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喫茶店のオーナーと甘党の彼_14

【甘党な男達と先輩後輩】  たまたま江藤が外に出ていた時、恋人が自分の店を素通りしようとしていたから思わず声を掛けた。  なのに何故声を掛けたんだと言わんばかりの顔をする大池に江藤は戸惑ってしまう。  朝、大池を送り出した時はいつものようにいってらっしゃいと口づけしあった。  自分の気が付かぬ所で大池を怒らせるような真似をしてしまったのだろうか。  落ち込みそうになる江藤の耳に、 「大池さん、お知り合いですか?」  と、大池の後ろからひょっこりと顔を覗かせる。  大池の知り合いか。  興味ありげにその男を見る江藤に、あからさまに顔を顰める大池。  何も答えようとしない彼の代りに江藤が答えた。 「前、同じ会社に勤めてたんだ」 「そうなんですか」  男は真野(まの)と名乗り、中途採用で一カ月前から働いているのだという。 「なぁ、寄って行かないか?」 「申し訳ありませんが、すぐに社に戻らないと……」  という大池の言葉にかぶせるように、 「良いですねぇ。実は、昼休憩まだだったんですよ」  お腹すきました大池さんと、お腹をさすりながら大池を見る真野だ。 「腹が空いたのくらい我慢しろ」  帰るぞと真野を連れて立ち去ろうとする大池だが、 「良いじゃないですか。ちょっとだけ」  と大池をすり抜けるように方向を変えて喫茶店の中へと入っていく。 「真野っ!」  珍しく感情を露わにしている大池の姿に、良いモノを見せてくれたと真野に心の中で拍手する。 「ほら、大池も中に入れよ」  ぎゅっと手を握りしめて引っ張れば、眉を八の字にしながら江藤を見る。 「会えて嬉しいと思っているのは俺だけか」  と耳元で囁けば、すこし表情が和らいだ。  カウンターの席に座り、真野は珈琲とパンを大池は紅茶を頼む。 「飯食わないんですか?」 「あぁ」  昼食を摂ると眠くなるからという理由があり、仕事のある日は食べない。その理由を知っているのは江藤だけで、まだ同じ会社に勤めている時に昼に誘っても断られていた理由はこれだったのかと、なんて可愛い理由なんだと胸がきゅんとした訳だ。 「はい、珈琲と紅茶。あとパンね」  今日はクロワッサンで、ジャムを四種の中から好きなものを選んでもらう。 「わぁ、おいしそう。あれ、このパンは?」  これは大池の表情を引き出した真野へのお礼だ。 「クリームパンなんだけど、甘いの平気?」 「はい。大好物です!」  なんとなく真野は甘党ではと思っていたがどうやら正解のようだ。  カスタードクリームとホイップクリームの入ったパンは真野も気に入ったようで美味しいと顔を綻ばせた。  自分の作ったものを可愛い顔をして食べてくれるのが嬉しくて、口元を緩ませながら真野を見ていたら、大池の眉間にしわがよる。 「もしかして、男の癖にって思ってませんか?」  大池の表情を見て勘違いをしたのだろう。 「ぶはっ」  江藤は我慢しきれず吹き出すと、大池の眉間のしわがさらに深さを増す。 「江藤、さん?」  笑われている意味が解らないと真野が不思議そうに江藤を見る。 「くく、だって、甘い物が好きな男の人だってたくさんいるだろう? なぁ、大池」  江藤の恋人である大池なんてかなりの甘党なのだ。 「ほら、休憩時間が終わっちゃうから早く食べな。大池、紅茶のお替りいる?」 「ありがとうございます。ですが、もう充分です」  御馳走様でしたと小さく頭を下げる。 「御馳走様でした。パン、すごく美味しかったです!」  満足したとその表情が物語っていて、江藤の顔がまた緩みそうになり、大池にチラ見されて表情を引き締める。 「行くぞ、真野」  はやくここから連れ出そうとしているのか、真野を促す大池だが。 「また来ますね、江藤さん」  と手を振る真野だ。 「あぁ、またな」  その手を振り返すと大池が真野の腕を掴み外へと引っ張っていく。ヤキモチを妬く恋人の姿に、今度は我慢しきれずに顔を緩ませる。  昼が過ぎると学生や祖父の時代からの常連客が多くなる。彼らは目敏いから、にやけていたら、からかわれるのがオチだ。  シャンとしないといけない。頬を叩いて顔を引きませた。

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