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喫茶店のオーナーと甘党の彼_18

 信崎のつけた香水が香る度に大池は複雑な気分となる。  ダージリンティの香りのする香水はまだ江藤が共に働いている時につかっていたものだ。  たまに香るそれに、江藤に色々と教えて貰った事を思いだして物思いにふけてしまいそうになる。  だが、愛しい人のにおいを他人がつけている事には腹が立つのだ。  これも全て信崎が悪い。  折角、江藤が一度家に帰るだろうと早めに起こして朝食まで作ってくれたのに、面倒だからこのままで行くとか言い出したのだ。  背が高くてゴツイ体つきをした信崎には大池の物も江藤の物も小さすぎて着れない。  だからせめて煙草臭さだけでも誤魔化そうと、江藤が問答無用に信崎に香水をつけた訳だ。 「大池さん、なんだか信崎さんから良いにおいが……」  普段は煙草の匂いしかしない男から香水の匂いがするものだからだろうか。  信崎から真野に嫌われている事を聞いていたので、まさか気にするとは思わなかったのだ。 「昨日と同じスーツだし。彼女の家にお泊りしたんですかね」  誰しも思う事は同じか、信崎は既に他の人にも同じことを言われ、しかも否定も肯定もしないものだから余計からかわれることになるのだ。  ふ、と真野へと視線を向ければ、苦々しい表情を浮かべてパソコンの画面を睨みつけていた。  もしかして悪い印象でも感じたのだろうか。それでなくとも嫌われているようだと信崎が言っていたのだ。誤解をといてやらないといけない。  そう思い口を開きかけたが仕事をしはじめてしまい、集中している所を邪魔したくはないので話しかけるのをやめる。  休憩時間に話しかければいいのだと思っていたら、なんだかんだで忙しくなってしまい話をする機会がなかった。  外回りから戻った頃には八時を過ぎていて社内には数人しか残っておらず、その中に信崎と真野の姿もあった。 「お疲れ」 「お疲れ様です」  ある程度まで仕事をしていたら社内には三人だけになっていた。 「なぁ、帰りに飯でも食わねぇ?」  と信崎に声を掛けられて、いい機会だと思いその誘いに大池はのったが真野は用事があるから帰ると言う。 「俺、奢っちゃうよ?」  だから行こうよと真野に手を伸ばす信崎だが、 「すみません、外せない用事なので」  その手を避けるように体を反らして目を合わせようともせずに断りを入れる。  流石に目を合わせないのは失礼だろうと思いそれを咎めるように強い口調で名を呼べば、怖がらせてしまったかビクッと肩を揺らして泣きそうな顔をして大池を見た。  重苦しい雰囲気の中、 「そっか、じゃぁしょうがない。また今度な」  気を付けて帰れよと何事もなかったかのように明るい声で言う。 「はい。失礼します」  大池にすら目を合わせる事無くそそくさと帰っていく真野に、信崎から重いため息がはきだされる。 「信崎さん……」 「悪い大池、誘っておいてなんだけど飯はまた今度で」  江藤も誘って行こうなとニカっと笑い、一服してから帰るからと煙草を手に持つ。  あからさまに避けるような態度をとられて、平気で居られるはずもない。  一人になりたい。そう思う気持ちを汲み取る。 「わかりました。ではお先に失礼します」 「おうっ、また明日な」  手を上げて喫煙室へと向かう信崎を見送り、大池は会社を後にした。

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