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喫茶店のオーナーと甘党の彼_19

 喫茶店の灯りがまだついている。  とっくに閉店時間は過ぎているのでどうしたのだろうと思いながらドアを開ければ、カウンターの席に座る江藤と真野の姿がある。 「大池、お帰り」  そう江藤が声を掛け、真野が気まずそうに目を反らした。 「……用事があるんじゃなかったのか」  と真野の傍へと立てば、 「信崎さんとご飯いかなかったんですね」  そう言うと俯いて指を組む。  重苦しい空気の中、 「あのさ、ひとまずパンでも食べない?」  お腹すいたでしょうと苺ジャムとカスタードクリームのパンを出してくれた。  目の前の甘くておいしそうなパンに重苦しい空気はほんわかとしたモノへとかわる。 「園枝が子供らと一緒にイチゴ狩りへ行ったんだって」  数日前に江藤に連れられて彼の兄妹とその家族と会った。  皆とても仲良くて、大池に弟の事をよろしく頼むと挨拶してくれた。  そして園枝は前に江藤の恋人かと勘違いした美しい女性だ。 「そうでしたか。では、頂きます」 「さ、真野君も食べて」 「はい。頂きます」  カタチを残したままの苺ジャムとカスタードクリームが良く合う。 「んん……、おいしいです」  一口食べて、相好を崩す。  そんな大池をぽかんとした表情で真野が見ているが、江藤の作ったパンの前では気になどしていられない。 「大池は大の甘党なんだよね」  パンを夢中で食べる大池を、江藤は微笑みながら見ている。 「そうだったんですね。大池さんも甘党なんだ」 「あぁ。それに、江藤先輩が作ったものは食べる度に幸せな気持ちになるんだ」  好きな人が作ってくれたものだから。 「うわぁ、照れるなぁ」  心から嬉しそうに笑う江藤に、真野が二人を見ながら素敵ですねと言い。 「俺も、あの人とそう思えるような関係になれたらな……」  と、食べかけのパンを皿の上へと置いた。  一瞬、何の事だか解らずに真野を見れば、江藤は気が付いたようで。 「もしかして……、信崎、と?」  確認するかのように尋ねる江藤に、真野が頷いて肯定する。 「え、それって、嫌っている訳でなくて」  見る見るうちに顔を赤く染めていく真野に、大池と江藤はそうだったのかと脱力する。 「はい。でも、はじめは全然興味なかったんです」  信崎は仕事でミスしてもあまり怒ったりしない。それを真野は人の顔色をうかがうだけで何も言えない上司なのだと思っていたうようだが、反省のない部下に対して信崎が怒鳴ったのを見て、その時に気が付いたそうだ。ちゃんと反省している人には怒らないだけだという事を。 「それからはもう、好きになっていく一方で。でも、信崎さんはノンケですよね。だから近寄らないようにって」  いっそうのこと嫌われてしまえば良いと、あからさまな態度をとっているのだと真野は辛そうに笑う。 「真野君、あのね」 「想いを伝えた方が良いとか、言わないでくださいね。告った俺はスッキリするかもしれませんが、告られた方は困るだけですから」  何かを伝えたそうな江藤だが、真野はそれに耳を貸そうとせずに自分の想いを口にして、これで話はおしまいとばかりに珈琲を口にする。  確かにそれも解らなくはない。惚れた相手を困らせるくらいなら胸の奥にしまっておきたいという気持ち。  だが、江藤は違うよと首を振る。 「信崎はそんな男じゃない」  告白を受け止めて自分の想いをきちんと答えてくれる男だよと真野の手を握りしめる。 「ゲイであると告白しても、だから何って笑ってさ、ずっと友達でいてくれた。真野君の気持ち、真剣に聞いてきちんと答えを出してくれる」  それは江藤だから言える言葉であり、大池は真野にその言葉が届くと良いと思いながら見守る。  だが固く閉じてしまっている蓋をあけることは出来なかったようで。 「江藤さん、ごめんなさい。でも俺は……」  告白はしませんと席を立ち、御馳走様でしたと頭を下げて喫茶店を出て行った。

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