41 / 57
求愛される甘党の彼
【口説く彼に、困惑する彼】
乃木 は小説家だ。
執筆を始めると周りに目がいかず、狭い部屋が更に足の踏み場もないほど凄いことになっている。
以前、女性の担当が要らぬ気を回して部屋の掃除をし、えらい目にあった。それ以来、自分の部屋には上がらせない。打ち合わせや原稿の受け渡しは近所にある喫茶店を使う。
ここはおじいちゃんがまだオーナーだった頃からの常連であり、孫が後を継いでからもそれはかわらない。
今日はデビュー当時からお世話になっている雑誌の担当編集者である百武 へ原稿を受け渡す。
彼は入社1年目の23歳。乃木の5つ下であり、同じような体格の強面で愛想が無い男だ。
普段はブラックなのだが、今日は妙に甘いモノが欲しくて、カフェモカを入れてもらう。
仄かに甘い香りがし、原稿を読んでいた百武がピクリと反応する。
「ん?」
ここの珈琲はおいしいよと飲むかと誘ったが、自分の事は気にするなと、しかもお冷すら要らないからと断ってしまう。そんな彼がはじめて反応したのだ。
「何か気になる事でもあったのかな」
「いいえ、今のところは特に問題ありません」
原稿の事だと思ったようだが、そういう意味じゃない。
今、それを尋ねたら嫌な顔をされるだろう。原稿に集中する百武の邪魔をするのはやめておこうと、乃木はカフェモカを口にした。
社に戻りますと百武は喫茶店を後にし、乃木は空のカップを持ってカウンター席へと移動する。
「はい、江藤君。美味しかったよ」
カウンター越しにカップを受け取り、オーナーの江藤がお礼の言葉を寄越す。
「今度は珈琲を頂戴」
凝った肩を解すように首を傾けて腕を回す。
「はい、畏まりました」
暫くして目の前には珈琲が置かれる。
「真面目な子だけれども、もうちょっと愛想があってもなぁ……」
「そうですか?」
「あの子と私、仕事の話以外したことないもの」
結構気まずいのよとぼやけば、江藤は苦笑いを浮かべている。
「あ、そういえば、江藤君と大池君もそんなだったっけね」
「はい」
大池とは、まだ江藤が会社へと勤めていた頃の後輩で、恋人同士でもある。
会社に居た頃は特に仲が良いわけでもなかったそうで、江藤が会社を辞める日に飲みに誘われ。それが切っ掛けでここで朝食をとるようになり、なんだかんだで二人の関係がぐっと縮まった。
その話を聞いたのはつい最近で。
実はと言えば、大池は専門は違うが同じ大学へ通っていた。なのでその話からはじまったのだが、いつの間にか二人の恋の話で終わっていた訳だ。
「なにか切っ掛けがあれば話せるようになるかな。君らが話せたように」
「そうですね。何もしないよりは良いかもしれませんよ」
頑張ってくださいと微笑む江藤に、乃木は苦笑いを浮かべる。
さて、どうやって攻略したものか。
それを考えるのも意外と楽しい。
ともだちにシェアしよう!