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 海里(かいり)の手が陸斗(りくと)の頬を張らなかったのは、子供の前だからか。  それとも陸斗の性格を理解して、言っても意味がないと分かっているからか。  そう。世間的に語るのなら、きっと子供の前でこんなことを言った陸斗が、全面的に悪いのだろう。  せめて子供のことを聞くなら、本人がいない所でするべきだ。  しかし陸斗にとっては、世間などどうでも良かった。  他人なんて、どうなっても良いし、他人からの評価も気にならない。  だからこそ、どこの誰かも分からない子供が、自分の発言で傷付こうと、成長に悪影響を与えていようと、陸斗には関係ないのだ。  海里以外どうでも良いというのは、少なくとも陸斗にとって、大袈裟な物言いでもなんでもない、ただ真実を口にしたまでのこと。  そこまで想いを向けている相手だからこそ、この現状がどうにも苛立ってしまう。  もし本当に押し切られた結果の子供なら。もしどこかのバカ女に押し付けられた子供なら。せめて正直に言ってくれれば良いのに。  けれど海里は否定より先に、不貞を疑われた怒りより先に子供を庇った。陸斗は、それが悲しくて、悔しくて、苛立たしいのだ。  浅くない付き合いなのは、海里も同じ。  そして冷静さを失っていない海里は、陸斗のそうした性格を理解しているのだろう、大きめの溜息を1つ、漏らした。

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