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 空斗(そらと)が来てから失ったものは多い。  海里(かいり)と体を重ねなくなったし、軽いキスさえなくなった。あの日、いつもの様に肩を抱いて頬にキスを、と思ったら、海里に振り払われたのだ。  信じられない。  多分、陸斗(りくと)の顔は、そんな内心をありありと表していたんだと思う。  海里は申し訳なさそうに眉を垂れ下げて、目線をあちこちに向けてから、それでもいつもの様に、最終的には話し相手である陸斗に定めた。  悪い。と、まずは、多分、振り払ってしまったことにであろう、謝罪を1つ。それから、海里は陸斗をまた、簡単に突き落とす。 「あんまベタベタしてたら、空斗の教育によくないだろ。オレ等を見て変に覚えちまったら、空斗にも、親御さんにも申し訳ないし」  底に着いたと思っても、まだまだ落ちていけるらしい。  海里の言葉で陸斗は思考が停止した。興味のないその他大勢にならまだしも、海里相手には絶対に言わなかった事を言うようになったのは、思い返せばこの日からだろう。  多分この日、陸斗は初めて海里に、文字通り「暴言を吐いた」。  共通の友人が言うところの、「痴話げんか」「ほとんどノロケ」なんていうレベルじゃなくて。多分、いじめとか、そういうレベルになるヤツ。  言った側は覚えていないって、よく言ったものだ。  カッとなってやってしまいました、って言い分が、いつになってもなくならない理由も、分かる気がする。  現にその時、怒りとショックで頭に血が上っていた陸斗は、自分が何を言ったのかいまだに思い出せない。  ただ、海里が一瞬だけ、凄く傷付いた顔をした、ような、そんな気がしているだけで。  それが本当に海里の見せた顔で、自分のせいなら、陸斗としては嫌ではあるが、だからと言って空斗なんていうガキを優先して、恋人の自分に制限を科す海里の事が分からなくて、イライラして、謝ることもできない。  空斗はとんだ疫病神だと、寝転んだ体勢のまま、天井を睨み付け、陸斗は大きく舌打ちした。

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