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 柚陽(ゆずひ)の寝顔を見つめていた時間は、そんなに長くなかった。もちろん、飽きたワケじゃない。安心しきってぐっすり眠る穏やかな表情は、ずっと見ていられた。  じゃあ何故かって、その答えは簡単で、柚陽が目を覚ましたからだ。  あんまり不躾に見ていたから、起こしたかな?  ついおでこにキスしちゃったけど、そのせい?でも、キスしてから時間は少し経ってるし、直接的な原因じゃない、はず。  そうこう考えて悶々としていたけど、そんな陸斗(りくと)のモヤを、柚陽はやっぱり簡単に晴らしてしまうのだ。  まだ柚陽を抱きしめたままの格好だから、陸斗の腕の中で。陸斗を見つめて、柚陽はいつも通り、ぱあっ、花が咲いた様な笑顔を見せた。 「おはよ、りっくん」  朝には強い方らしくて、寝ぼけた様子も、頭痛に顔をしかめる様子もなくて、これまた、いつも通りの明るい声。寝ぼけて舌足らずになっているとこを見られないのは、ちょっと残念だけど、頭痛持ちとかじゃないのは良かった。朝から頭痛に悩むのは、柚陽があまりに可哀想だし。  明るい笑顔と明るい声で、自分にだけ告げられた「おはよう」に、陸斗の気持ちは最高潮。普段なら説明が長ったらしくて退屈だからと嫌っている教授の授業も、背筋をしゃんと伸ばして受けられそうだ。 「おはよう、柚陽。昨日の酒とか、残ってない?」 「うん、大丈夫! オレ、こう見えて結構お酒に強いんだよー。りっくんこそ大丈夫?」 「オレも余裕っす! つーか仮に2日酔いで頭ガンガンでも、柚陽の笑顔を見れば吹き飛ぶっすよ!!」 「りっくんの健康に一役買えてるなら嬉しいな」  そんな何気ない会話をずっとベッドで交わして。ふとキスしたり、舌を絡めたり。  なにかの弾みで、今度こそきちんと体を重ねたり。  そんな事が出来れば何よりも幸せなのだろうけど、あいにく今日は普通の平日。1限は無いとはいえ、2限から授業がある。さすがに真面目な柚陽をサボらせるワケにはいかないだろう。  それに。 「じゃあ、着替えてパン屋さんに行こう? 凄く美味しいの。りっくんも気に入ってくれると良いな」  柚陽と一緒にパンを買って、ゆったりとした朝食を摂るっていうのも、なかなかに魅力的だから。

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