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でも、望んでいた衝撃は陸斗 を襲わなかった。
陸斗が何を言っても一切動こうとしなかった海里 が、陸斗を殴るためだろう振り上げた友人の腕を必死に抑えていたから。
「海里……」
友人が呟くように名前を呼ぶ。海里はただ、眉を僅かに垂れ下げて、ふるふると首を振っていた。「気にしてない。別に良い」。そんな声が聞き取れてしまって、余計に陸斗をイラつかせる。
自分が勝手に子供を作って、自分が勝手に陸斗を追いやったクセに、なんで被害者ヅラをしてるんだろう、と。
「へぇ。もう新しい男を見付けたの? それともソイツが本命でオレが遊び? それはないか。ソイツとじゃ、あのクソガキも出来ないしねぇ」
そのイライラが、言葉になるのは早い。
折角昨日柚陽 に癒してもらったのに。美味しいカレーや甘い口付けも交わしたのに、マズイ料理や追い出されたダブルベッドを思い出して、ますますイライラする。
柚陽との時間さえ、汚されてしまった気分だ。
「まあ、良いや。アンタも気を付けなよ? うっかり同情なんてしたら、また新しいガキを連れてくるかもしれないし。吐き気がするようなマズイ料理を毎日食わされるハメになるっすよ」
「だから、陸斗! お前は」
「……良いよ、港 。オレは良いから」
海里の声は穏やかで、それが却って陸斗を苛立たせた。自分が悪いクセに物分かりの良い被害者ぶりやがって。そんな怒りがふつふつと湧き上がって、けれど幸い、今回はすぐに収まった。
「りっくんだって疲れてるんだから、あんまり悪く言っちゃダメだよ! りっくん、大変だったもんね」
陸斗を庇う様にそう言って、柚陽がやさしく頭を撫でてくれたから。
ああ、やっぱり幸せを、安らぎを与えてくれるのは、柚陽なんだ。陸斗はそう思って、柚陽に微笑んだ。柚陽も、微笑み返してくれた。
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