56 / 538
5
振り返って訊ねれば、柚陽 は首をぶんぶんと必死で横へ振った。大きな目に涙が溜まった様子もないから、これで陸斗 は安心する。安心すると同時に、港 への怒りは強まった。
人の性事情に首ツッコんだあげく、柚陽をあんなやり取りに巻き込むって、どういう神経してるんすか。不貞を働いた人間をあんなにも必死で庇える人間だから、どこかが少しおかしいのかもしれない。
とは言え、柚陽を怖がらせる可能性がある以上、なんとかしないといけないし。
陸斗が港をどうにか大学から追い出す方法を考えようとしたところで、それを止めるように、柚陽から声を掛けられた。
「ありがと、りっくん!」
理由が分からずに、きょとんとしてしまう。
陸斗としては礼を言われる事なんて、した覚えが無いのだ。むしろ、「怖かった!」と訴えられる方がしっくりくる。
でも柚陽は自分の中で答えが出ているらしく、陸斗の困惑なんて気にせず、花が咲いた様な明るい笑顔で言葉を続けた。
「りっくんが守ってくれたから。りっくんが傍にいてくれたから。オレ、ちっとも怖くないよ! オレは、りっくんが傍にいてくれれば、だいじょーぶ!!」
それから精一杯に背伸びして、頬に、ちゅっと、軽くキスなんてされてしまえば、陸斗の中で港を追い出す事なんて、どうでも良くなってしまう。もちろん、柚陽を怖がらせるなら容赦しないけど。今は柚陽と一緒にいるのが大切。
「柚陽の事、大好きっすよ。オレが絶対、柚陽を守るからね」
「えへへ、オレもりっくん大好きー!!」
恋人の笑顔を守るのが、何よりも大切だ。
本当はもっと一緒にいたかったけど。なんなら、保健室にでも向かってそのまま昨日の続きをしたかったけど。
残念ながら柚陽は真面目に授業を受ける子だし、お互いにぎゅっと抱きしめあって、お互い次の授業に向かっていった。
この騒ぎに立ち合った人間は自然、陸斗の方を授業中もちらちら見たけれど。
柚陽からのキスを思い返せば、その程度の視線なんて、簡単にスルーしてしまえた。やっぱり柚陽は凄い力を持っている。
ともだちにシェアしよう!