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「……誰っすか」
陸斗 は不機嫌そうに訊ねる。不機嫌そうにと言うか、事実、不機嫌だった。
折角柚陽 とのやり取りで回復した気分は、また下がっていくし、柚陽とのメール中に声を掛けられたっていうのもあって、余計にイライラする。
思いきり睨みつけて、思いきり低い声で短く聞いた。
こうすれば、大抵の人間は「やっぱり何でもない」と言って、勝手にどっかに行ってくれる。何でもないなら話しかけるなとも思うが、相手をするのが面倒だから、まあ、居座られるよりは遥かにマシといったとこ。
でもそれはあくまで、「大抵の」人間。全員じゃない。
たとえば、今なら、名前を思い出すのも不愉快だけど港 は、きっと引かないだろう。
本人にとっては重要な用事があったりする場合。陸斗になにかを感じてる場合。
陸斗がどんなに凄んだって、相手は引かない。だったら睨み損だ。適当に相手をした方が良いと、最近では陸斗も分かってる。
「うーん。名前を言っても陸斗くんはピンと来ないと思うよ。それでも良いなら自己紹介くらいするけど」
「ピンと来る来ないはともかく、オレの名前だけ知られていて、そっちの名前を知らないっていうのは、気分悪いんすけど」
「ああ、それもそうかもしれないね」
目の前の男が、肩を竦めて苦笑した。
嫌味な態度じゃないし、同性異性、どちらの目から見ても好感を抱きやすいタイプ。
でも、陸斗は直感する。コイツ、嫌いだ。
多分それは向こうも同じだろう。だから、態度は嫌味じゃないくせに、言葉はいちいち喧嘩腰で、ちぐはぐになってる。
「ちょっと、自習室に来てもらって良いかな? 申請は出してるから、2人きりで話すのにはちょうど良いんだ」
良いかな?と聞きながら、多分、イエス以外の答えは求めてない。認めない。
初対面だというのに、それがひしひしと伝わってきたから、面倒事を避けるために、陸斗は渋々頷いた。
「先に売店で昼飯は買わせてもらうっすけど」
どうやら自分も食堂での食事は無理そうだと考えて、そう付け加えてから。
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