61 / 538

10

 波流希(はるき)は、ほほえみを絶やさない。怖い。  こんな時だというのに、あるいはこんな時だったか、陸斗(りくと)は自分が言われていた事を思い出した。真顔が怖い。怒っているかと思った。なるほど、自分が浮かべる表情が、必ずしも相手に正しく伝わるとは限らないらしい。  違う。  もしかしたら、これで正しく伝わっているのかもしれない。次に思い出したのは、(みなと)の事だ。アイツも、あの名前を出して、オレは正論を言っただけなのに、分かり易く怒っていた。殴りかかろうとしていた。  被害者はオレだというのは、あくまで陸斗の中で揺るがない。でも、逆恨みにしても、八つ当たりにしても、海里(かいり)の友人だという港は陸斗の言葉に怒った。それなら、海里の幼馴染を名乗り、わざわざ自習室を借りて陸斗を呼び出した波流希が、陸斗の言葉に怒っていないと、どうして言えるだろう。 「どうしたの? 寒い? それともお腹が空いた? 折角お昼を買ったのに、ちゃんと食べないから」  むせかえった時には無視したクセに。今更心配する言葉が、恐ろしい。  冷静に見えるヤツほどキレると怖いって言うし。ほんと、海里に引っ掛かってからロクな事がないっす。疫病神かなにかだったのかな? 「陸斗くんはさ、あんなにラブラブだったのに、なんで急に海里を裏切ったの?」 「裏切ったのはアイツの方でしょ。ヨソにガキを作って、オレを部屋から追い出して、吐き気がする様なまっずいメシばかり無理矢理食わせて」 「今もご飯を食べてないよね? キミの方に問題があるって考えた事はなかったの?」 「アンタが、あんな胸くそ悪い名前を出すから、気持ち悪くて食えなくなっただけっすよ。下半身はゆるゆる、吐くほどマズイ飯しか作れないヤツの名前、食事時に出すのはマナー違反っしょ?」 「うーん。オレは陸斗くんがそこまで酷評した子の幼馴染だし、誰よりもその子を大切に思ってるんだけどな」  この波流希という男も頭がカワイソウなのか、はたまた海里に騙されているのか、どっちかだろう。  食事時に名前を出されたのも、なにを言いたいか分からない態度も不愉快だけど、ここまで騙されきっているのを見てしまうと、陸斗とて多少は同情してしまう。ほんの少しだけ、だけど。

ともだちにシェアしよう!