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「陸斗 くんは、なんで空斗 が海里 の本当の子供だって思ったの? 別に空斗本人が海里を指して、パパって呼んだワケでもないでしょ?」
「……つーか、今、アンタが答え言ったじゃないっすか」
波流希 も結局は陸斗を悪者にしようとしていたようだが、たった今ボロが出た。
それは海里の不貞を証明する事でもあるし、陸斗が騙され、遊ばれていた事実でもある。ああ、ほんとイライラするっす。
「あの気持ち悪いクソガキの名前。一応オレとアイツの家に押しかけてきやがったから、アイツとアイツの女以外は知らないハズっずよ。それとも、なに? 自分の子でもない、他人の子供で、呼び名に困ったから取り敢えず用意した名前だけど、それでもアンタには教えたいほど信頼されてる、って苦しい言い訳をするつもり?」
「まあ、そうだね。オレは海里を1番大切に思ってるし、1番信頼されてるって自負してるよ」
「マジで苦しい言い訳っすねぇ」
まさか本気で、真顔で、なんの躊躇いもなく言うなんて、思ってもいなかった。
人間普通は、用意していた言い訳を先に言われてしまうと、その言い訳を口にするのに多少は躊躇うはずなのに。
波流希は一切の迷いなく、堂々と、どこか幸せそうに言い切った。
「海里が弱音を吐けるのは、オレしかいなかったからね。だから空斗がキミ達の家に来た時も、当然オレに色々相談をしにきた。空斗の名前は、その時海里から聞いたんだよ。陸斗くんが、陸。自分が海だから、空。“斗”の字は、陸斗くんからもらった、って。親が見付かるまでの間だけでも、3人で仲良く暮らせたらって」
「なんすか、それ。気持ち悪い」
陸斗の口から漏れた言葉は、9割以上が嫌悪によるものだった。ガキなんて気持ち悪いだけだし、近付きたくもない。そんな存在に、別に愛着はないけど自分の名前を勝手に使われていたなんて、土下座させてその頭を蹴り飛ばしても足りないくらいに、イライラする。
3人で仲良くっていうのも不愉快極まりない。絶対に嫌だ。
それに頭の良い海里なら、どうすれば自分が「可愛らしく」「けなげに」“見える”か、分かってるだろう。だからそんなバカっぽい由来を、あえて話して同情を可能性は高い。そうまでして、自分を被害者にしたいんすかねぇ、あの男は。
本当に気持ち悪い。
だけど1割にも満たない僅かな部分、「なんすか、それ」。ぼうぜんと、間違えてひっくり返してしまった器と、そうしたことで床に広がった水を眺めるような。
ぽっかりと、本当に小さく、何かが欠けてしまったような。そんな気持ちが、一瞬だけ生まれた。
まあ、気持ち悪さと憎悪にまで膨れ上がったイライラとで、そんなちっぽけな気持ちは、すぐに吹き飛んだのだけど。
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