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 手を出さなかったのは奇跡だったと思う。  事実陸斗(りくと)の手は、波流希(はるき)の胸倉をつかんでやろうと伸ばしかけていた。服に指先が触れた事で冷静になったんだと思う。  やめとけ。いつだって、先に手を出した人間が悪者なんだ。  悪いのはコイツ等なのに、オレが悪者になるなんてバカらしいじゃないっすか。  地雷を踏みぬかれて、反射的にと言ってもここで止められた自分は凄いと思う。柚陽(ゆずひ)以外に褒められても嬉しくないが、この自制心は褒められたって良いだろう。  向こうが悪者なのにこっちが悪く言われるのがごめんだったし、何より柚陽を巻き込みたくないっていう自分の世界中心の理由だけど、陸斗はずっと前からその他大勢なんてどうでも良いという性格だった。自分の世界を守る事が、何より大切だ。その、何が悪い。  オレが大切なのは、大好きな柚陽の事、全般。  そして自分の事。  傍から見れば、きっと間抜けだっただろう。でも陸斗は“自分の大切な物”に従って、「悪者にされてたまるか」という一心で、伸ばしかけた手を引っ込めた。  それは波流希にとって意外だったのか。それとも陸斗がそうするだろうと分かっていたのか。  波流希が驚いた顔をしていたのは一瞬で、すぐにまた、あの微笑みに戻っていた。  男女共にウケそうなアレ。陸斗の地雷を踏み抜く時さえも浮かべていたヤツ。 「結構自制心が強いんだね。だったらもう1度、よく考えなおして欲しいんだけど」 「くだらねぇ事言ったら今度は殴りかねないっすけど、何を考えなおせって?」 「海里(かいり)と陸斗くん。事実を捻じ曲げてるのは、どっちなのかな?」

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