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バン、大きな音が空気を揺らす。波流希 を殴らない代わりに、陸斗 はおもいっきり机に手を叩きつけた。
八つ当たりされた事への怒りか、机を殴った陸斗の手もジンジンと痛みを訴えているはずだけど、今の陸斗には気にしている余裕もない。怒りは冷静さを奪うと言うけど、痛みさえ奪ってしまうらしい。
ギロ。
波流希を睨み付けるけれど、その効果はないようで、波流希は変わらず微笑んでいる。さっきの大きな音にさえ、驚いた様子はない。
でも、それを確認したからと言って、何も言い返さずにいられるほど、今の陸斗は冷静ではなかった。
「その名前を出すのは非常識だって言ったし、次は殴るかもしれないって言ったよね?」
「でも陸斗くんは殴らなかったよね」
「そりゃあ、オレは柚陽 が大事で、自分の身も大事っすからね。柚陽が危険だって言うなら先に手でも足でも出すっすけど、そうじゃないなら、余計な問題を起こしたくないんすよ。まして、あの淫乱ドクズのために悪者になるなんて、まっぴらっす」
次は殴る。どうやらこの男には、そういった脅しは通じないようだ。
そして波流希は、海里 を大切にしているらしい。そこまで考えて思い浮かんだのは、港 の顔。海里を悲しませたくないからと、海里の事を考えて拳を解いた男。
もしかしたら。
「次ソイツの名前を出したら、オレ、出会い系にソイツ装って書き込むっすよ。出会い募集中、ヒドイ事してくれる人が大好きです、みたいな、頭悪い文章で。ああ、裏サイトでソーイウ人に頼んで、犯してもらうのもありっすかねぇ。だからもし、アンタがアイツの事ダイスキだって言うなら、お口チャックした方が良いっすよ」
ああ、でも。
くつくつと陸斗は笑う。本当に楽しいのか、海里の事を考えて不愉快になったせいで、何かの機能がバグでも起こしたのか。それさえも分からないけど。
「下のお口ガバガバのアイツなら、ゴホービになっちゃうかもしれないっすね?」
はあ。返ってきたのは、怒りでもなくて。殴られた衝撃でもなくて。
そんな溜息が1つだった。
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