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「ちょっとお兄ちゃん、さすがに分からなくなってきそう」
波流希 が呟いた言葉の意味が陸斗 には分からず、思わず「は?」と間抜けな声が漏れた。
相変わらず微笑んではいるけど、その微笑みは「苦笑」と呼ばれる物に変わっていた。陸斗としては何とも思っていないし、海里 に復讐するならまだまだ生温 いとさえ思ってるけど、海里を大切に思う人間に言えば、殴られたっておかしくない発言だ。
なのに、苦笑とは言え、笑ってる?しかも呟いた言葉の意味は分からない。
やっと海里が遊び人だと目を覚ましたのか。それとも陸斗の言葉を反射的に想像して、怒りで気でも狂ったんだろうか。
でも、波流希の目は、散々な事を言っただろう陸斗に対しても、波流希を騙して不貞を重ねる海里にも、怒りを向けてはいなかった。
まったく、しょうがないなぁ。そんな風に言いだしそうな、やさしい苦笑と、どこか呆れた様子。
その呆れが向けられている先が自分であると、陸斗は分かった。結局まだまだ、この男は海里の味方をするらしい。仮に、海里がどんな遊び人でも。
自分を裏切って、不貞を重ねて。なんなら他の男の精液でまみれた手を伸ばされても、波流希は海里を甘やかすのだろう。「しょうがないなぁ」なんて言って。
波流希の苦笑を、陸斗はそんな意味合いだと判断した。
けれど、波流希が言う事が、全て、少なくとも波流希にとっては本当の事であるとすると、彼の苦笑はそんな意味じゃなかった。
「あの子はね、やさしい子で、陸斗くんの事が大好きでさ。ちょっと強情っぱりで、だから陸斗くんと離れた方が良いって言っても、首を横に振るんだよ。陸斗はやさしいヤツだ。多少不器用だけど、本当は凄くやさしいんだ、って。自分が愛情表現が下手なせいだから陸斗は悪くないって、必死でオレ達を説得しようとするの。そりゃあ聞いていて嫌だったけどさ、陸斗くんの事が好きなら、しょうがないなぁって思った。あれでいて頑固なところがあるからね」
「……名前出さなきゃ良いワケじゃないけど?」
波流希はつまり、被害者ぶった海里に見事に騙されているんだろう。「オレは陸斗が好きだから」って悲劇のヒロインぶって言う海里に、強く言えない、でも守りたいじれったさで、波流希は何度も「しょうがないなぁ」と苦笑してたんだ。
それも海里の作戦だとは知らずに。
海里の話なんて名前が出なくても不快でしかないのに、どうしてだろう。陸斗が口にしたのは話を止めさせるのに効果的な脅し文句じゃなくて、そんな、ちっぽけな抵抗だった。
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