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その無邪気な笑顔を、

 自習室の前には、柚陽(ゆずひ)がいた。  違う。それじゃ正しくない。  柚陽は力なく廊下に座り込んで、震えていた。そんな柚陽を(みなと)が見下ろしてる。見ようによっては、睨んでいるようにも見えた。そんな2人の傍には海里(かいり)がいて、陸斗(りくと)に気が付くなり、目を大きく見開く。  柚陽の服は多少乱れていて、陸斗が柚陽に刻んだ赤いアトが、服に隠れていた部分まで、露わになってる。  ぷつん、と。  それを認識した途端、陸斗の中で何かが切れた。  港を突き飛ばし、海里へと手を伸ばす。ぞっとするほど白い肌。簡単に折れてしまいそうなほどの首。それを思いきり鷲掴みにして、ぎりっ、力を込める。  空気を求めてか、掌の下でぴくりと海里の喉が動くのを感じた。だから何すか。そんな生理的な反応にさえ苛立って、陸斗は更に力を込めた。ひゅっと、息が漏れる。足りない。まだ、もっと苦しめば良い。  なんでオレはコイツを許そうと思ったんだろう。同情しちゃったんだろう。こんな事をする、最低なヤツなのに。自分への苛立ちが、ますます手に力を込めさせた。はく、僅かな酸素を求めて開かれた、小さな口さえ鬱陶しい。そのへんにあるゴミを搔き集めて、ゴミ箱代わりにしてやろうか。それとも、 「っ、てぇ……」  腕に走った痛みが、強制的に陸斗の思考を止める。反射的に力を込めていた手が緩んでしまって、その隙に海里はもう、安全圏に逃げおおせていた。  陸斗が今、柚陽を背中に庇っている様に、港がそっと海里を抱きしめて、背中をさすってる。急に流れ込んできた酸素に咳き込む海里を見て、陸斗は舌打ちを漏らした。  柚陽をあんなメに遭わせて、なんでアンタは平然としてるんすか。  そんな恨みのままに伸ばされた手は、誰かの、おそらくは波流希(はるき)の手に、強く掴まれた物理的な物より、 「りっくん、ダメ!!」  震えた、柚陽の声で海里に振り下ろされる事なく、止まった。

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