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 突然の言葉に、柚陽(ゆずひ)は驚いたんだろう。大きな目がまんまるになって、こてん、いつもの様に首を傾げて。  でも陸斗(りくと)の頼みだからと、柚陽は口にする。誰かの言葉をそのままますぐに受け取る、ド天然の柚陽。言葉の裏なんて、一切考えずに。  その時、海里(かいり)がどんな顔をしていたか、しらない。  柚陽の顔しか、見てなかったから。柚陽はいつもと同じ、ひどい童顔で、こてん、首を傾げた仕草が似合ってて。 「えっと、陸。これで良い? りっくん」  まるで子供の様な仕草で、小さな子供の様な顔立ちで。  子供は嫌いだったけど、柚陽は可愛いと思った。思ってた。でも、なんでっすかね。今の柚陽に、あの憎たらしくて気持ち悪い、ガキが重なるの。  なんでっすかね。  空斗(そらと)の事は徹底的に避けていた。でも、同じ家に住んでいれば、時々顔を合わせてしまう。陸斗が露骨に嫌っているのは空斗にも分かっていたみたいだけど、不安そうに陸斗を見ては、名前を呼ぶ事がある。海里と話していて、陸斗へのライバル心みたいなものを窺わせた時もある。  陸。  陸斗とは呼びにくいのか、空斗なりの愛称のつもりだったのか。それは分からないし、分かりたくもないし、興味もないんだけど。 「……うちにガキが押しかけてきた、って言ったよね?」 「うん。だから、りっくんは大変で、海里くんにも追いやられた、って」 「目が大きいトコが似てる。2人とも二重だ。多分オレがあのガキと、このクズに感じてた類似点って、そんくらいだったっす。でも、でもさ」  さっき陸斗を止めようとした柚陽の声は。冷静さをなくした陸斗の目に映った柚陽は。  陸。陸斗が求めるままに、空斗が用いる呼び方で陸斗を呼んだ、声は。 「柚陽。なんでアンタの声や、アンタの顔、そーいうレベルじゃなく、あのクソガキにそっくりなんすか?」  理由は、分からない。  けれど、訊ねた声は震えていた。

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