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 脳が、揺れる。  覚悟はしていたのに。オレを止めた柚陽(ゆずひ)があのガキに見えた時、「もしかしたら」って思ったのに。  いざ柚陽から肯定されて、陸斗(りくと)は明らかに動揺した。  もしかしたらその動揺は、空斗(そらと)が柚陽の子供であった事実よりも、まるでこの状況を「楽しくてたまらない」と言わんばかりに笑う、柚陽の姿からかもしれない。  童顔によく似合う無邪気な笑顔が。守りたいって思ったはずの笑顔が、今はひどく気持ち悪いものに見えた。  大嫌いなガキに似てるから?その中でも輪をかけて疎んでいる空斗にそっくりだから?  自習室の扉を開けた時、とびこんできた、震えていた柚陽はもういない。  乱れた服を気にする様子もなくて、(みなと)海里(かいり)に怯える様子もなく、楽しそうに笑い続ける。 「何がおかしいの?」  動揺する陸斗と、笑い続ける柚陽。  その様子を何も言わずに海里達は見つめていたけれど、そう問い掛けたのは波流希(はるき)だった。  声は落ち着いていて、表情も穏やかだけど、目の奥がゾッとする程冷たい。  そんな目線をまともに受けても、柚陽はまだ笑っている。言葉の裏を読み取れないド天然だから通じてないのか。それとも。今までなら思いつきもしなかった答えが浮かぶ。  それとも、波流希がそんな反応をするのも、全部全部、柚陽の予想内だったんだろうか。 「あんまり、おかしくはないよ。でも嬉しいかな? 自分の思い通りにコトが運ぶと、誰だって嬉しいでしょ? 先輩も嬉しいですよね」  動揺の中、陸斗の脳裏に浮かんだ疑問を肯定するように。  「オレは全部分かってたよ」なんて笑うみたいに、柚陽は笑顔を浮かべたまま、波流希にそう返した。

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